第二章 新たな場所
第16話 森の中
「うっ……」
光が眩しく感じられ、ゆっくりと目を開ける。
見ると空高くに太陽があった。
(ここは、どこだ……?)
痛む体を無理矢理動かして、周囲に目をやる。
揺らめく緑色の木々が視界に入り、草と土の匂いが感じられる。
常に側にあった空は遥か上空にあるのだとやっと理解出来、自分が今地上にいるのだと思い出した。
「生きている……兄上の攻撃を受けたのに」
無数の風の矢で貫かれ、屋外にまで吹き飛ばされて地上にまで落とされたというのに。
叩きつけられた形跡もない。
(一体何があったんだ?)
朧気ながら気を失う前の事を思い出す。
ルナリアが海底界へと連れて行かれるのを断固として阻止しようと楯突き、それにて最高神達の不興を買い、殺されかけたのだが……。
そこである事に気づく。
あの時、父に歯向かった罰として、太陽神になった際に授けられた力を奪われたのだが、それ以外の力が体内にあるのを感じた。
(これは、兄上のものか。俺を助ける為に)
あの状況で他にそのような事を出来た者が居たとは考えられない。
(あのままであれば、殺されて終わりだった)
殺したと皆に思わせ、その実、地上へと逃がしてくれたのだろう。兄の機転と行動力に感謝する。
そうして俺は自分がこうして生きていることを喜ぶよりも、苦々しい思いとなった。
「ルナリア……」
悲痛な表情で涙を流す彼女を思い出して、俺は立ち上がった。
父の力がなくとも動くには大丈夫そうだけど、これだけでは空に戻れない。
仮にこの状態で乗り込んでも、ルナリアを助ける前に殺されてしまうだけだ。
折角兄に助けられたのだから、無駄にしてなどいられない。
「力が欲しい」
何とか以前以上の力を得る方法を見つけなければ、ルナリアを助けになんてはいけない。
しかしどうしたらいいのか……気ばかりが焦ってしまう。
天空界に帰りたい、というよりはルナリアに会いたい。
「ん?」
その時、ふと視線を向けられていることに気づいた。
人でも神でもない、どうやら地上の動物達が木々の間から俺を見ているようだ。
敵意はなさそうだが、何を考えているのかわからない。
動物達の気配に混じり、別な気配も漂ってくる。
俺は何があってもいいように、身構えた。
「誰だ」
声をかけると一人の女が姿を現す。
「気づかれたのですね、良かった……」
緑の髪をした美しい女だ。
このような森の中だというのに軽装で、おまけに地に足も付いていない。
明らかに人ではないな。
「君は誰だ?」
幾分声を柔らかくして問いかけるが、まだ油断は出来ない。
もしかしたら敵かもしれないと警戒を強くする。
「私はこの森を守護する神なのですが、あなた様は空よりいらっしゃった、天空界の神ですよね?」
俺は頷く。
こんな回りくどい言い方をするとは、俺の事を知らないのだろうか。
(もしかしたら、あの宴に呼ばれてもいない弱い神なのだろうか)
自分を始末しに来た者かもしれないと警戒したのだが、違うかもしれないな。
「あぁ、私は何と運が良いのでしょう」
女は急にはらはらと涙を流し始め、そして切羽詰まった顔で地に膝をついた。
「お願い致します、どうか助けて下さい」
頭を下げる女に俺は戸惑ってしまう。
「助けてとは何があったんだ?」
さすがにまだ信じる事は出来ないが、女の様子から余程の事だとは伺える。
こんな名も名乗らぬような者に縋るほどなのだから。
「私の名はシェンヌと申します。一応地上界の神の一人です。この森に住んでいるのですが、最近この森に厄介な者が住み始めまして」
シェンヌと名乗るその神はさめざめと自分の境遇を話し始めた。
その厄介な者が住み始めたのは、ここ数日の事らしい。
それは夜になると現れ、昼にはなりを潜める。
しかし、森の動物を質に取り、逃げる事も他の者に助けを呼びに行くことも出来ないらしい。
「これがある限り、私はこの森を出る事が出来なくて」
スカートに隠れて見えなかったが、細い足には黒い縄のような物が巻き付いている。
どこかで見覚えがあるな。
「外敵に似ているな」
まさに俺が普段相手している外敵の姿にそっくりな物体だ。
「そうですね……それらよりももっと知恵と力を身につけた者といいますか」
「そのような存在がいるのか?」
あれ程相手をしていたというのに知らなかった。
「普段目にするあれらより強力な力を持ちます。地上にはああいうものが数多く居りまして警戒はしていたのですが」
突如それは現れたという。
曰く地上の神の気配が消えたから好機だと思ったと。
(あぁそうか。天空界で宴があったから)
それで少しばかり手薄になったところを襲われたのだろう。
そうなるとこの女神は俺の事もあの騒動も知らない可能性が高い。
「新しい神の就任があったが、その話は誰かに聞かなかったか?」
「お話は来ましたが、その時はもう脅されていて、相談も出来ませんでした」
通達にきた神はあまり神力が強くなさそうだったと。だから下手に助けを頼めばその神も自分も殺されるかもと思ったそうだ。
(多少なりとも天空界のせいでもあるか)
ルナリアの就任の宴がなければ、このような事はならなかったかもしれないと考えれば見捨てられない。
ルナリアが知れば悲しむだろうから。
「わかった。力を貸そう」
そう伝えればシェンヌは希望に満ちた笑顔になる。
(力を失った俺がどれくらい戦えるかはわからないが)
しかもいつも相手にする奴よりも強いとは。
一抹の不安はあるが乗り掛かった舟だ。
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