第9話 きっかけ
そうして父から突然の紹介を受けてしばらく経ったが、ルナリアに会いに行くなどはしなかった。
父にああまで言われて会うなど、そこまでする必要はないし、ルナリアが妹だという実感もないから会いたいとも思わない。
(兄上も特に言わないしな)
そんな風であるから、異母妹が増えたとしても生活は変わらない。
会わなければ気にならないものだから、そのまま静かに時が過ぎていくばかりだ。
しかし唐突に事件は訪れた。
ルナリアの住む場所の近くで見回りをしていた時の事だ。
慌てた様子で神人達が飛び交っているのが見え、急いで現場へと向かう。
「ルナリアの神殿が襲撃されている?」
近くにいるものを捕まえ事情を聞いて急いで駆けつけると、神人達が言っていたように、外敵が神殿を取り囲んでいた。
黒い体に黒い顔、何を考えているのか表情はまるで見えないし言葉も支離滅裂。
明らかに異形であるこの生物は古来よりいたらしい。
名称も何も知らない。だが俺達に害を為す者だという事だけは明らかだ。
「数は多くないが、あちこちにいて面倒だな」
一気に全て焼き尽くしてやろうかと思うのだが、ルナリアの神殿の護衛が戦っているので、それも出来ない。
(面倒臭いが一匹一匹潰さないといけないな)
「殲滅せよ!」
共に行動する部下達に簡潔に命を下すと俺は拳を握りしめ、手近にいた黒い物体に向かって飛ぶ。
鉄で出来たぶ厚いガントレットが俺の武器だ。重量はあるが、その分素手の比ではない攻撃を与えられる。
そして鉄という事で俺の力と相性が良く、熱を帯びさせることが出来る。
「!!」
殴られた外敵は俺の一撃で吹き飛び、そして燃え盛る炎に包まれ、塵となって消えた。
「相変わらず不気味だな」
一体何者なのか、目的は何なのか、全く知らないのだが、時々こうしてどこかから現れて襲撃に来る。
倒すと何故か神力が僅かながら増えるのだが、一体どういう仕組みなのか。
考えてもわからない、改めて兄上に聞きに行こう。
「無事か?」
「ありがとうございます、ソレイユ様。こちらは何とか」
ホッとしたような顔をするのは護衛のものだ。
ルナリアを守ろうと頑張ったのだろう、あちこち怪我をしている。
「後で手当てをしよう、まずはこいつらの殲滅だ」
そうして俺はぐるりと神殿の周りを飛ぶ。
そうすると少し見えてきたものがあった。
あちこちに散らばっていると思った外敵が、どこかに向かって集まっているのだと。
「どこへ向かっているんだ?」
疑問に思いながらついていくと、中庭にいるルナリアが見える。
結界の内部にいるようだが、それでも外敵は諦めないようでその周りをうろうろと飛んでいた。
「何故神殿内部に隠れていないんだ」
あのように姿が見えるところになどいたら、外敵が立ち去る事なんてもない。
「どうします、ソレイユ様。あそこだけ数が異様なのですが」
ルナリアが見える位置だからか、矢鱈敵が多い。
「俺が一掃する。アテンとニックは近くの神人達を避難させろ」
すぐさま二人は高速で飛び回り、神人達を回収する。
「ここからはソレイユ様に任せましょうね」
そう伝えれば神人達は素直に下がってくれた。
「父上の結界があるから内部にまではいかないからな」
両手を上にあげ、力を集結させて火球を生み出す。
小さかった赤い球体は見る間に大きくなり、周囲の温度もそれに伴って上昇した。
その熱気に圧され、部下達は更に後ろに下がり、外敵たちも熱さと光で異変に気付き始めた。
「知能も低いな、今更気づいてももう遅いぞ」
俺はその巨大な火球を群がる外敵たちに向けて放る。
逃げようとするがそんな事はさせない。
外敵の群れに着弾した火球は大きな炎の渦となり、余すことなくのみ込んでいく。
広がった炎は全てを食らいつくした後、霧散し、熱気だけが残った。
「相変わらず凄まじいですね……とても真似できません」
ニックが汗まみれでそう呟く。
「お前の適性は足の速さなのだから、それを活かせばいい。得意なものは人それぞれだ」
残党がいないかの確認を命じ、俺はルナリアの無事を確認するために中庭に降り立った。
「怖い思いをしただろう。念のために聞くが怪我はないか?」
「は、はい。わたくしは大丈夫です。助けて頂きありがとうございます、ソレイユ兄様」
怯える神人と抱きしめ合うルナリアが頭を下げて来る。
今度は前と違って少しはしっかりとした声だ。
「無事なら良い、よく耐えたな」
「ソレイユ兄様が来て下さって助かりました。もう駄目かと思いましたもの」
「偶々だ。それにここには父の結界があるから大丈夫……」
そこまで口にして、俺はそこで初めてルナリアの容姿を目にする。
(まるで人形だ……)
美しい顔立ちと、流れるような銀髪。透ける様な白い肌は汚れを知らない新雪のように清らかだ。
この前は伏せられていて見えなかった紫色の瞳は、まさに紫水晶である。
「そうですね、結界のおかげもありますが。けど実際に撃退してくれたのはソレイユ兄様ですもの。本当に何とお礼を言ったらいいか」
「あ、ああ……」
何とか言葉を絞り出し、気を取り直す為に咳ばらいをする。
「だが過信してはいけない。結界があるからとこうして姿が見える場所にいては、あいつらを引き寄せるからな」
「申し訳ありません」
しおらしく頭を下げるルナリアだが、側にいた神人が首を振って否定する。
「発言をお許しください、ソレイユ様。ルナリア様は自ら囮となってこの場で姿を晒し、あの異形共を引きつけていたのです。そうでなくばルナリア様を探して方々を飛び、多くの神人が犠牲になるところでしたから」
なるほど、結界で守られている事を逆手にとってここに集めていたのか。散らばると厄介だからな。
「それにしてもあのように恐ろしいものが居るとは……話には聞いてはいたのですが」
途端ルナリアの体が震え出す。
「怖かったよな、あのような得体のしれないのが大勢攻めて来て」
緊張の糸が切れたのか、ルナリアはとうとう膝から崩れ落ちそうになり、慌てて抱きとめる。
ルナリアは僅かに頬を染め、体を硬直させた。
「あ、ありがとうございます」
「無理するな。ルナリアの部屋はどこだ? 送って行ってやるからゆっくりと休め」
「きゃっ?!」
思い切って抱きかかえるが、その体は羽根のように軽い。
きちんと食べているのだろうか。
「この結界の中に入れるのはごく一部の者しかいないだろ、それ以外は女の神人だけだ。部屋の中には入らないから途中までは運ばせてほしい」
そう頼めば、ルナリアは顔を赤らめたまま素直にこくんと頷いてくれた。
(可愛いな……)
自然とそんな考えが湧き上がるが、仮にも妹だ。
何かをするつもりはこの時はなかった。
「あの、あなたは他の神人達の様子を見てきて。怪我をしたものとかいないかとか、被害の状況とかどうなっているか調べてほしいの」
「で、でも」
「大丈夫、この人はわたくしの兄だから。大丈夫よ」
そう言ってルナリアは神人を行かせてしまう。
「良いのか? 兄とは言ってもこの前会ったばかりだ、二人きりはさすがにまずいのでは?」
「いいのです。こうでもしないと外の方とお話出来ないし、あなたは何だか信用できると思えて」
そう言ってルナリアは落ちないように俺の首に手を回してくる。
ふわりと香る花の香りがまたルナリアによく合っていた。
「お父様はわたくしを病弱だという理由で外に出してくれないし、誰にも会わせてくれなくてとても寂しかった。だから少しだけわたくしの我儘に付き合って下さい」
「わかった。部屋に着くまでな」
こんなほぼ話した事もない男に縋るほど、ルナリアは他者の温もりに飢えていたのだと、今なら気づける。
いや気づきながらも見ない振りをしてしまった。
それこそが罪の始まりだ。
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