第8話 出会い

「ソレイユ疲れていない? 顔色が悪いようだけれど」


「あぁ、ありがとう。少し面倒な奴と会ってきてな、そのせいかもしれない」


 ルナリアが気遣うようにそっと俺の頬に触れて来る。


 ルナリアが触れたところから温かさが伝わり、体に力が湧いてきた。


 夜は殆どの生物にとって休息の時間だ、それ故に夜を司るルナリアは月の女神として癒しの力を持つらしい。


 特に今夜のような月の光が強くある程、ルナリアの神力は増すとの話だ。


(俺とは真逆な力だな)


 俺の力は太陽が元だ。


 強く、荒々しく、近づきすぎれば何もかも燃やし尽くす。


 やわらかな光で人々に安心感と癒しを与える月と、激しく燃え盛る炎と熱で時に生物の命を奪う太陽とでは、まるで違うものだ。


 実際に誰も傷つけた事のないルナリアと、敵とはいえ他者の命を奪い続けている俺、まさに生き方を反映しているような気がした。


(そんな俺と一緒に居る事は将来辛くならないだろうか)


 いや、そもそも許されざる関係だ。いつか終わりが来るだろう。


 それまでは、ただルナリアを大事にしなくては。


 彼女の思いに応えていきたい。


「面倒な神様は嫌ね。そう言えばソレイユは海底界の神様の元に言伝をしに行ったのよね。ルシエルお兄様に聞いたわ」


 聞けば昼間に兄がルナリアの所に寄っていったのだと。


 地上の神達に伝えに行った帰りに、ルナリアの元へ寄って就任の宴についてなどの話をしていったそうだ。


(兄上も直々に地上界に赴いたというのならば、海底の神達に言いに行かされた事への文句は言えないな)


 しかし何故自分が海底界だったのか不思議だ。


 地上界の神とは自分の方が親しいから、そちらの方が適任かと思うのだが。


「もしかしてその方は海底の神様なの? その神様って嫌な方?」


 ルナリアは困ったような顔をしている。その神と今度会わねばならないから、不安なのだろう。


「嫌いではないが、苦手だな。まぁいざ会った時は俺が側にいて守るから心配しなくていい」


 そう言えばルナリアは安堵で肩の力を抜く。


「良かったわ、それなら安心。他の神様に会うのなんて久しぶりだから、怖くなってしまって。でもソレイユが一緒なら平気よ」


「大丈夫だ。俺も、そして兄上もいるから」


 あえて父については言わない。


 ルナリアが本当は父を好いていないのは知ってるからな。


 それにしてもどのくらいルナリアは他の神に会っていないのだろうか。


(初めて会った時、ルナリアはとても怯えていたな)


 あの頃を思い出すだけで腸が煮えくり返りそうな気持が蘇る。





 ◇◇◇





「ルシエル、ソレイユ。母親は違うがお前達の妹のルナリアだ、よろしくな」


 ある日突然父の神殿に呼び出され、見知らぬ女性に引き合わせられた。


 俯いているために流れるような銀の髪が顔を、同じく銀色の長い睫毛が瞳を隠している為、どのような顔をしているのかなどまるで見えない。


 ぎゅっと服を握りしめ、不安気な様子で下ばかりを向いている。


「体が弱く、今まで会わせていなかったのだが、この度月の神の任を与えたからな。まだ不慣れな為に外敵を跳ねのける力がない。普段は結界を張る為あまり気にしなくてよいが、もしもの時だけ守ってやってくれ。いいか非常時だけだぞ。それ以外はあまり近づくな」


 どうやら父はあまり会って欲しくないようだ。


「もしもとは、外敵が来たらとかですか?」


「あぁ。だが大概のものは結界に阻まれるから、会いに行くことはしなくて良い」


 それなら守れとは一体何の為に言ったのか。


 そして顔もろくに見せないいぼまいを何のために紹介したのか、いまいち納得がいかないことばかりだ。


「あの、ルシエル兄様、ソレイユ兄様。これからよろしくお願いします……」


 ようやく小さな声で、俯きながら挨拶をされる。顔はやはり見えない。


「あぁ」


 兄はただそれだけ言って挨拶を終える。相変わらず言葉が足りない。


「ソレイユだ、改めてよろしくな」


 目線を合わせようとしゃがみ手を出すが、さっとルナリアは俺の顔を見ることなく、父の後ろに隠れてしまう。


「ソレイユ、急にそのような事をするでない。ルナリアが怖がっている」


「すみません」


 良かれと思ってした事が裏目に出てしまう、父は短気だからあまり機嫌を損ねるようなことはしたくなかったのだがと、つい縮こまってしまう。


「ともかくそう言う事だ。今後はよろしくな」


 そう言ってルナリアと共に部屋を出ようとした父を兄が引き止める。


「父上。万が一の為に結界の内部には私達も入れるようにしてください」


「そこまでする必要はなかろう、結界の外の守りで充分だ」


「いえ、何か会った時に駆けつけられる為に必要な事です。兄妹であるのなら尚更守る義務がありますから」


 兄の要望に父は眉間に皺を寄せる。


「天上神である父上の結界を越えるものが現れる事は少ないと思いますが、それが起きた時は本当の危機となるでしょう。その危機への対策として通れるようにしてほしいのです。いざという時に外で手をこまねいて見ているなど後悔しか生まれませんからね。それとも実の息子である私は信用に値しませんか?」


 ため息をつく兄を見て、父は仕方ないとばかりに俺達の方に手を向けた。


 父の手から赤い球体をした神力の素が生み出され、宙を舞って俺と兄の体に入ってくる。


「これがあれば結界が超えられる。しかし不必要に出入りするなよ、ルナリアの体に障るからな」


 そう言って父とルナリアは早々に行ってしまった。


 余りにもあっさりとした紹介と説明に呆けてしまう。


「随分なものでしたね……」


「あぁ。それに本当は紹介もしたくないというのがありありだった。全くあの男は……」


 後半は呟くような小さな声だった為に聞こえなかったが、怒っているようだ。


「紹介したくないのに紹介してきたとは、何の為なのでしょう?」


「ルナリアが神に就任したからであろう。本来ならば大体的に就任についての発表を行うものだが、私とお前の二人が承認した事にして、しばらくは身体が弱い事や仕事に慣れる為と称して外に出さないつもりなのだ」


「承認って、顔を合わせただけなのに?」


「それでも私達はあの異母妹、ルナリアが月の神となった事を聞かされ、何の反論もしていない。それで十分だと思われたのだろう」


 開いた口が塞がらないかと思った、そんな横暴な理由があるのだろうか。


「あの男が自分本位なのは知っていただろう、無駄に逆らうものではない。今はな」


 そう言って兄も部屋を出て行ってしまう。


「あまり関わる事はしない方がしない方がいいか」


 あの様子を見るに深く首を突っ込まない方がいいと思われる。


 父は会わせたくないようだし、異母妹であるルナリアからも警戒をされているようだし。


「兄上も無駄に逆らうなと言っていたし」


 最初はあまりルナリアに好意を持つ事はなく、寧ろ警戒する存在であったのだが……本心を知ってからは守らなければならないと強く思うようになる。


 そしてルナリアの幼少期も知らず、大人になってから出会ったことも道を踏み外す要因だったと思う。


 自分とはかけ離れた容姿、そして大した説明もなく異母妹と言われただけでは、純粋な兄妹愛は育めなかった。









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