第34話 約束

 あれから兄様と何かを話したようで、わたくしのところへ来たリーヴはとても深刻な顔をしている。


「ルナリア、すみませんでした。君を危険に晒してしまって。これは僕の監督不行き届きです、辛い思いをさせてしまって本当に申し訳ない」


 リーヴは本当に悪いと思ってくれているようで、しゅんとした顔をしていた。


「いえ、わたくしが自ら口にしてしまったのが悪いのですから、あまり気に病まないでください」


 自ら口にした負い目もあるし、リーヴに対して冷たく当たっているのも事実だから、そんなに責めるつもりはない。


 けれどもう遅かったようだ。


「そうやって神人を庇う事はしなくていいです。件の者達はもう処分しましたから」


「え?」


 驚き聞き返した時には、リーヴの瞳が仄暗く冷たいものとなっている。


「当然です。君は僕の大切な女性で、将来この海底界を担う女神となるのですから。なのに言いつけを破り君の体を傷つけるような行いをするなんて、許せるわけがありません」


 ぞくっとする視線だ。今の彼はあの時の激情に駆られた時と同じ状態であろう。


(処分ってまさか、殺したの?)


 父も簡単にそういう事をするから、不思議ではないのだろうけど、かと言って何も感じないわけではない。


 彼女達は確かに間違った事をしたけれどもそれだってリーヴへの忠誠心の強さから行なった事だと思う。なのに。


「そこまでしなくても……」


「そうは行きません。ササハが居なかったらどうなっていたか、もしかしたら君は死んでいたかもしれないと思うと、本当に恐ろしい」


 リーヴはわたくしを抱きしめようとするが、両手を前に出して拒否をする。


 拒まれた事でリーヴが僅かに顔を顰めるが、また怒りで暴走する前にと口早に言葉を挟んだ。


「あ、あの! 実はリーヴ様に大事な話があるのです」


 先程ササハから言われた懐妊についての話をリーヴにすると、たちまちその顔から不機嫌さが消えた。


「僕の子が出来た? 本当に?」


「はい……」


 不本意な事なので、俯き声も小さくなってしまうが、それでもリーヴは笑顔になる。


「こんなにも早く授かるとは思いませんでした。いや、最高神の祝福を受けたのだから、当然ですね」


 嫌悪で背筋に悪寒が走るが、何とか顔に出さずにやり過ごせた。


「わたくしも驚きましたが、このところの不調はその為だったと思えば納得しましたわ。それで折り入ってお願いがあるのですが」


「何でしょうか」


 今なら機嫌が良いから聞いてくれそうだ。


 わたくしは少しでいいから地上にて、月の光を浴びたいと話した。


「君の気持ちはわかります」


 そっと両手を優しく包まれる。


「ルシエル様にも言われました。ルナリアを少し外に連れ出すようにと。そうすれば体力も回復すると言われ、ササハにも同じことを言われました」


 不承不承といった表情だが、二人の説得により許可を出してくれそうだ。


「僕の側から離れないと約束してくれるならば、外へと連れて行きましょう」


 わたくしは手に力を込めて頷いた。


「えぇ。お約束します」


 守る気はない、逃げられそうならば逃げ出すつもりではある。


「本当は体が弱っているのに、外に出るなんて駄目だと思ったのですが」


「体が弱ってるからこそ行きたいのです。月光を浴びれば良くなりますもの」


 そう伝えるが、それでも困ったような顔をしている。


「まだまだ君への理解が少なく申し訳ありません。もっと皆に周知をして、君を支えて行けるように努力いたします」


「知らないのは仕方ない事ですわ、まだ出会ったばかりですから」


 ソレイユもあまりわたくしの体についてを知らなかったから、わたくしは特殊なのだと薄々感じていた。


 けれどこんな他の方と違うとは……自分でもまだわからない事が多くあるかもしれない。


「知らない事で君を危険に晒したくはありません。これからは色々な事を話してください」


「はい」


 今はとにかく機嫌を損ねないようにとただ素直に頷いた。


「本当は君をここから出したくはない。僕達海の神は空を飛ぶのに不慣れだから、天空界の神である君が逃げるのではと心配です」


 やはりそこが引っかかるようだ。


「お腹に跡継ぎがいるんですもの逃げませんわ。心配ならばお兄様を呼んで下さい、お兄様ならわたくしよりも早く飛べますから」


「いやルシエル様にいつまでも甘えてはいられない。僕がルナリアを守れる男だと証明する必要があるから、彼にばかり頼れません」


 それは困る。


 兄様の手助けがあれば逃げ切るのも容易になりそうなのに、兄様がいないとなればどうすればわからない。


(空に向かって飛ぶ? でもどこがどこだかわからないわ)


 そもそも天空界にいた頃から自分の宮殿から出た事もないのだ。


 闇雲に飛んでもどこに着くかもわからない。


 下手したら天空界の神に見つかって強制送還になりそうだ。


「だからまた一つ、枷をつけさせてもらうよ」


 握られた手が熱くなる。


 どこまでも束縛をしたいようだ。


(信用がないのね。でもわたくしもリーヴを信用していないから、おあいこね)


 逃げ道は断たれたけれど、それでも力を取り戻すのに外に出る必要はあるから、今回は諦めるしかない。


 今回はそれ程失望はしなかった。


 兄様と話した事で、安心したのが大きい。


(いつかまた自由に空を飛べる、兄様とソレイユがきっと来てくれるわ。約束したもの)


 また広い空を見られると信じて。








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