第27話 変化するものとしないもの

 あの日から海底界で過ごす事となったが、日々は意外にも穏やかに過ぎていく。


 リーヴはとても優しくしてくれて、あの日見せた様な激情を露わにする事も手を出す事もない。平穏な時が流れている。


 大事にすると言った事を本当に守ってくれているのだ。


(意外ね。もっと暴君なのだと思っていのだけれど……)


 そしてもっと意外な事に、リーヴは他の神々から人気があると知った。


 整った容姿と誰に対しても丁寧な口調と態度で接するかららしいけれど。


(それなのになぜソレイユの事はあんなに嫌っていたのかしら)


 考え込み過ぎて、食事中だというのについため息をついてしまった。


「大丈夫ですか?」


 向かいに座るリーヴが食事の手を止め声を掛けてくれる。


「……すみません。食欲がなくて」


 リーヴの望みでこうして向かい合って食事をするようになったのだが、ちょっとした会話なら普通にするようにもなった。


 だからと言って彼に心を許したというわけではない。


 諦めて過ごしているだけだから、食欲など湧いてくる事がないのだ。そのせいなのか体調も優れず、どんどんと悪化している。


(生きたいと思わないから平気なのかも)


 元々量も食べないのだけれど、このところは少量の果実水を口にするだけで、すぐにお腹がいっぱいになってしまう。


 天空界で口にしていた花の蜜や果実を用意してもらっているのだけれど、全く口にすることが出来なくて申し訳なく思う。けれどどうしても喉を通る気がしないのだ。


「リーヴ様、すみませんが体調が悪く、部屋へと戻らせていただきます。お食事中に席を外す無礼を許してください」


 このままこうしていてもリーヴの食事の邪魔をしてしまうだけだし、わたくしも顔を合わせていたくないので中座を申し出る。


「……わかりました、ゆっくりと休んでください」


 謝罪の為の礼をして立ち上がる。一人の神人がついてきてくれるが、その表情は僅かに嫌そうであった。


(敬愛する主人がこのように蔑ろにされて、笑顔になんて慣れないわよね)


 食事に誘われたのに途中で退室するような礼儀知らずと思われているのだろう。


 それ自体間違いではないから、怒る気持ちもない。


 そもそも初めて顔を合わせた時から、この宮殿に住むもの皆よそよそしいというか、わたくしを疎ましく思っている雰囲気がある。


(リーヴの前ではそのような事を表に出さないけれど、彼から離れればそのような態度をする者がちらほらと見えるもの)


 それも仕方ない事と思うから、リーヴにわざわざ話すつもりもない。


(彼は充分にわたくしを慮ってくれている。だからこれ以上頼るつもりはないわ)


 体調は悪いと言えば彼は心配し、こうして休んでいいと言ってくれる。


 一人になりたいと言えばそうしてくれるし、仕事のない時はルナリアの許へと来てくれるし、要望にも耳を傾けてくれるのだ。


 けれど、ソレイユと自分にした事を思えば許せるわけがない。


(わたくしが跡継ぎを生む大事な存在だから優しくしているだけの事。そんな簡単に絆されるわけはないわ)


 それにリーヴが腹の底では激しい獣を飼っているのも知っている。


 すっかりと傷が治った腕を擦り、あの時を思い出すと体が震え、汗が滲んできた。


 その時丁度部屋へと着いた。


「それではルナリア様、何かあればお申し付けください」


 わたくしの変わった様子を見ても神人は何も言及はせず、返事もせずに行ってしまう。


 天空界に居た頃の神人とはまるで態度が違って怯える事もない、寧ろ冷ややかなものだ。


「……」


 期待などしないし、文句を言う事もするつもりはないがため息は出てしまった。


 ここでのイレギュラーは自分だし、リーヴに助けを求めるつもりはないが息苦しく、胸が詰まる。


「このまま死ねたらいいのに」


 震える体を叱咤して部屋に入り、すぐさまベッドに横たわる。


(ソレイユに会いたい。けれど、会いたくない……)


 今の自分を見てソレイユはどう思うだろうか。


 軽蔑するだろうか、それとも嫌悪するだろうか。


 涙がとめどなく溢れるが、拭ってくれる愛しい人はもうこの世にいないのだと、尚更悲しみが胸を占める。


「わたくしに朝なんてもう来ないわ」


 未来も希望も、最早ない。


 ソレイユに会わなければ、幸せを知らなければこれほどまでに悲しい思いをせずに、人形のまま過ごせたかもしれない。そう思うが、それはもう後の祭りだ。


「ソレイユ……愛してる」


 愛する男性の名を呟いて、いつしかルナリアは眠りについた。






 ◇◇◇





 ルナリアが来て数日経つが、日に日に弱ってきている。


 食事をとらない為に、心なしか顔色も悪い。


(元々あまり食べないとは聞いていたけれど、全く口をつけないな)


 ルナリアの世話をしていた神人達に話を聞いて、色々と用意をしたのだけれど手を付ける事もしない。


 天空界の神という事で僕の宮殿にいる神人達もどう扱っていいのか戸惑っているようで、ルナリアに気を配る事も完璧には出来ていない。


(生活に慣れていないというのもあり仕方ないとは思うのですが、これは良くないですね)


 一度天空界に連絡をし、詳しい者に相談した方がいいのかもしれない。


(しばらく外に出していない事も原因でしょうか。確か月の光が彼女の力の源とも言ってましたね)


 もしかしたら月の光を浴びることで体調が良くなるかもしれないが、ここまでその光は届かない。


 海底とは言え日の光は入るのだが、月光は難しい。淡い光は海の水や波に散らされて途中で消えてしまうからだ。


 しかし外に出したらルナリアが逃げてしまう可能性もある為、なかなか踏ん切りもつかない。


 天空界に住む神は皆空を飛べる、ルナリアも例外ではないだろう。


 自分も飛ぶことは出来るが、ルナリアがどれ程のものかはわからない。


 もしも逃してしまったらと思うとゾッとする。


「リーヴ様、お食事は終わりでしょうか」


 神人に声を掛けられ、ハッとする。


 少し考え込み過ぎたようだ。


「えぇ。片づけをお願いします」


 席を立ち、その場を後にする。


 ルナリアの様子を見ようと部屋に向かうが、その時ルナリアの付き添いをしていた神人と丁度出くわした。


「ルナリアの様子はどうですか?」


 そう問うとやや言いにくそうにしながらも、報告してくれる。


「特に変わった様子はありませんが、暫く一人になりたいと申し付けられました。元気そうではありますので、大丈夫かと思います」


 意外な言葉だ。


(顔色が悪いようだと思ったけれど、元気ならば良かった)


 あれから目に見えての嫌悪は向けられないものの、まだルナリアとの距離は開いたままだ。


 もしかしたら自分から離れるために仮病でも使ったのだろうか。


(いえ、あの顔色は普通ではない。やはりそう急に天空界に連絡をしよう)


 政略とはいえ、愛する気持ちに嘘はない。


(少しずつ僕を知ってくれれば彼女も心を開いてくれるでしょう)


 ここにいる者達同様、いずれはルナリアも僕を慕う日が来るはずだ。



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