サンタvsブラックサンタvsレディサンタ
津多 時ロウ
第1話 バーボン。水割りだ。
「シィィィット!
月も眠りに就いた午前四時。
ハイウェイを二台の車が猛然と駆け抜けていた。
街灯以外でその厳めしい車を照らすものは、星の光と銃火器の火花のみ。
追う車からは、赤い装束に身を包んだ筋肉質の大男が運転席から身を乗り出し、大きな銃口から二度三度と大きな火花を散らすも、追われる車はピクリともしない。
「畜生、これでもダメか! ソリ男! お前らの装甲はいったいどうなってやがる!」
『恐縮です』
「褒めてねえよ!」
大男が前の車の頑丈さに思わず零せば、自らが駆る同型車の高性能AIはすかさずその柔軟さを披露した。
ソリッドトイ甲型。それが、真夜中のハイウェイを火花を散らし、駆け抜ける車の名前だった。車、というよりは、その厳つい見た目はもはや装甲車と呼ぶべきかもしれないが。
『エイトオー、目標の上部に動きがあります』
「ああん?」
エイトオーと呼ばれた豊かな白髭の大男が、サングラス越しに前方に目を凝らすと、確かに上部に取り付けられたノズルのようなものが、こちらにしっかと暗い穴を見せつけているではないか。しかもそれは、虚ろな目のように仲良く二つ並んでいた。
そこからじきに飛び出てきたのは、放物線を描く明るい光球。
「回避いぃぃぃぃ!」
『善処します』
ソリ男からは実に機械らしい冷静な声が聞こえ、左へと大きく舵を切った。
ぎりぎり躱した光球の末路はアスファルトを抉る小さな爆発。
『続きます』
それがどんどん転がり出てきて、右へ左へと車体を動かせば、直進する前の車に追い付けるはずもなく、東の空が白み始める頃には、相手の車は見えなくなっていた。
「ち……、帰るぞ」
* * *
カランコロン
時代が滲み出る木の扉を開けると、客の出入りを知らせるカウベルの音が慎ましく店内に響く。カウンターにいる男が一瞥するが、すぐに何事もなかったようにグラス磨きに戻った。
店内は扉と同様に年老いた家具で調えられ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。ネオン管で装飾された旧世紀のジュークボックスやピンボール台すらも、落ち着いて見えるから不思議なものだ。
カウンターの主以外は誰もいない薄暗い店内。それもそうだろう。開店時間前なのだから。
先ほど入店した赤い服の偉丈夫が、俺の居場所はここだと言わんばかりにカウンター席にドカッと腰かけ、重低音を短く発した。
「いつもの」
「畏まりました」
BARチャーリー。ここは仕事を終えた男たちが憩う場所。
カウンターの男――チャーリーのマスターはグラスを取り出すと、溢れんばかりに大粒の氷を入れ、底から三分の一ほどまでアーリーのバーボンを注いだ。品よくマドラーでかき混ぜ、今度は水を注ぐと再びマドラーで攪拌させる。
「ごゆっくり」
そうして出来上がった水割り、それとチェイサーを静かに置けば、赤服の偉丈夫は少しずつ口に流し込み、いつものように丁寧に拭かれ、飲み物以外は何も置かれていないカウンターに目を落とす。
偉丈夫が着ているのは赤い生地に白いファーのついた、いわゆるサンタクロースの格好である。ナイトキャップから漏れる白髪と立派な白髭に実によく似合っているが、サイズが合っていないのだろうか。二メートルを超える長身のその男の筋肉が、これでもかとバイオレンスかつセクシーに自己主張をしていた。おまけに顔に十字の大きな傷痕とフォックス型の釣り目サングラスである。サンタクロースの恰好をしていても、常人であれば近寄りがたい危険な風体だろう。
「エイトオー、任務は如何でしたか?」
視線をグラスに注いだまま、マスターがサンタ服の偉丈夫に話しかけた。
「……どうにも」
「そうでしたか。そろそろあなたもトナカイを雇ってみては?」
「まだ、だ」
エイトオーが短く答えると店内は再び静かなジャズの音だけが流れ、エイトオーは溶け込むようにグラスを傾ける。
その静かな空気のまま二十分ほど経った頃、カランコロンとドアが開く音がした。
マスターはそちらに顔を向け、静寂への侵入者に柔らかく声を掛ける。
「いらっしゃいませ、レディ」
「いつもの」
レディが鈴の鳴るような声で注文をすれば、マスターは「畏まりました」とシェイカーを取り出した。
エイトオーはといえば、全く気にする気配はなく、一瞥もせずにちびりちびりとバーボンを飲んでいる。
やがてキィと椅子が鳴り、真っ赤なスパンコールドレスを纏う金髪碧眼の淑女が、エイトオーの隣に腰をかけ、キリリとした顔を彼に向けた。
「……なんの用だ?
「ご挨拶ね、
エイトオーの口の端が、わずかに歪んだ。
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