第256話

「おまたせー」


 ナフが、扉を少しだけ開けて入ってきた。

 そのまま周囲に視線を向けて、俺以外の人間がいないことを確認する。


「オヤジと姐さんは工房の方に行ったよね」

「そりゃ、中に入ってったからな、店はもう閉めていいとさ」


 まぁ、時間も時間だしな。

 こんな時間に、わざわざ入ってくる客もいないだろう。

 日が落ちかけていた。


「よかった……」

「そんな気にする必要はないと思うが」

「気にするよ、だって……」


 ナフがこちらに入ってくる。

 そこには、私服姿のナフがいた。

 わざわざ着替えたのか。


「……どう、かな」

「似合ってるよ」


 ドワーフ特有の小麦色の肌に似合う白いワンピースだ。

 褐色というほどではないが、日焼けしたような感じのナフが着ると、そこが少しあたたかい場所に思えてくるな。


「うう……スカートは慣れない」

「そういえば、ナフがスカートを着てるところを見るのは初めてか」

「……い、一張羅だよ、うん」


 かなりのレア装備らしい。

 まぁ、普段は快活って感じの私服であることが多いし、俺もそういうイメージをすでに形成しているが。


「えーっと……どうしよう」

「どっか食べに行くんじゃないのか?」


 てっきり、真面目な話をするためにめかし込んだのかと思ったのだが。

 違ったのだろうか。


「い、いちおーそういうプランだけど! こう、具体性は特にはないんだよね、あはは……」

「まぁ、そういうことなら少し歩くか」

「う、うん」


 適当に気になる食事処が見つかればヨシ。

 そうでなければ……まぁ、ギルドか俺の宿屋にでも連れて行こう。

 いや、前者はダメだな。

 明日のナフが今朝のヒーシャみたいになるの確定だ。


 というわけで、二人で外に出る。

 外はすっかり暗くなっていたが、人並みはそこそこあった。

 これから食事という人も多いのだろう。


「え、えーっと……その、うん」

「落ち着け、ゆっくりでいいから」


 そして、二人きりになると途端にヘタれるナフである。

 酒を入れればめちゃくちゃ饒舌になるヒーシャとは対照的だな。

 多分、酒を入れても殆ど変わらないぞ?

 まぁ、酒に強いってのもあるんだろうが。


「じゃ、じゃあ……そうだな、どこから話そうかな」

「一からでいいんじゃないか? 話したいことはなんとなく解るが、どういう話をするかは俺もいまいち読めないしな」

「理解った」


 すぅ、はぁ、と一息。

 ナフは呼吸を整えてから、口を開く。


「私ってさ……志が低いんだよね。特に、これっていう目的がないんだ」


 そうやって苦笑するナフは、これまでのどんなナフよりも、小さく見えてしまった。

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