第76話

「……ヒーシャと私は、幼馴染でさ? 昔から、どこへ行くにもずっと一緒だったんだ」


 ぽつり、ぽつりとナフは語りだす。

 今、俺はナフと二人きりで、治癒魔法に専念していた。


 なぜ二人きりかといえば、娘が助かると理解った店主が、男泣きを初めたからだ。

 それを鬱陶しいとおもったか、娘の指示でヒーシャによってに追い出されてしまった。

 なお、その結果俺とナフが二人きりになると理解った途端、店主がそれはもうカンカンに怒り出したわけだが。

 ナフが助かるとわかったからって、気を抜きすぎだろ。

 さっきまでの、厳格な雰囲気の頑固ドワーフはどこ行った。


 ともあれ、今は治療に集中しよう。


「ヒーシャは人見知りだったから、いつも私の後ろに隠れてて……まぁ、それが可愛いんだけど」

「流れるように惚気てくるな……」

「悪い、うちのヒーシャは可愛いのに、中々アピールする機会がなくって」


 まぁ、否定はしないけど。


「でも、そんなヒーシャが初めて自分からやりたいっていい出したのが、冒険者だったんだ」

「ヒーシャからいい出したのか? なんでまた」

「色々事情があるんだよ。……ヒーシャから聞いてくれ」


 そうだな、と返しつつ魔法でナフを治癒していく。

 経過は順調だ。

 もう、身体的な不調はほとんど残っていないだろう。


「初めは反対したんだ。冒険者は危険だからな。でも、どうしても冒険者にならなきゃ行けない事情がヒーシャにはあって……」

「結局、折れたわけだ」

「まぁね。それに、ヒーシャが積極的に行動することは悪いことじゃない。何かあったら、私がヒーシャを守ればいい」


 典型的な共依存というか、なんというか。

 冒険者になるまでは、それでうまく行っていたんだろう。


「それが、どうしてかなぁ。冒険者は私達が思う以上に危険な仕事で。親父は止めてたんだ。アタシが冒険者になるの」

「うまく行かなかったのか」

「そ、何年かやっても、全然強くなれないし。周りの連中は私達……っていうかヒーシャの胸目当てな奴しかいないし」


 まぁ、ヒーシャの存在感はやばいからな。


「結局、呪いを受けてヒーシャを心配させて……」

「呪いは流石に、不運なだけだと思うが」

「それでもだよ。私は……ヒーシャを守ってるつもりで、ヒーシャに守られてたんだ」


 ――もうすぐ、治療が終わる。

 ナフも、話したいことを思い切り吐き出しただろう。

 だから、俺は最後に。


「別にいいんじゃないか? ヒーシャだって、ナフには守られてるところもあるだろうし。それに……」

「それに?」

「関係は変化していくものだ。常に同じじゃなくていい」


 要するに、


「関係性をレベルアップしていくんだよ」

「レベルアップ……?」


 レベリング中毒者としては、それが一番しっくりくる表現だ。

 何にせよ、それはそもそも今考える必要はない。

 なにせ――


「よし、終わりだ。これでナフは、もう呪いに苦しむことはない」

「……!」


 目を見開いて、ナフは身体を少し動かして見せる。

 かつての……呪われる前のいつも通りの動きに、ナフは感動すら覚えているようだ。

 だから、


「あ、ああ……あああ!」


 涙を流すのも、自然なことで。

 ナフは、しばらく安堵の笑みを浮かべながら、自分の身体を抱きしめて、ただただ涙を流すのだった。

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