第74話

「失礼するぞ」


 そう言って、ナフの部屋に入る。

 女性の部屋に入るのは、正直人生でそう経験のあるものではないが。

 ナフは、ドワーフの少女だからだろう、一般的なそれとは少し趣きが違う。


 工作に使う道具が、部屋の一角に積まれている。

 アレは……部屋に散らばっていたのを片付けたのか?

 キレイに積まれているから、やったのはヒーシャだろう。

 病人の看病をするから、片付けたんだな。


 とはいえ、無骨なものだけではない。

 変なぬいぐるみとか置いてある、これを置いたのもヒーシャな気がする。

 何にせよ、部屋のベッドには一人の少女が眠っていた。


「彼女が……」

「ああ、娘のナフだ」

「ナフちゃん……」


 ナフ。

 前に一度見かけた時もそうだったが、ヒゲのたぐいはない。

 ドワーフといえばヒゲのイメージだが、この世界だとヒゲがあるのは男だけのようだ。

 見た感じは、幼い子ども。

 齢も一桁程度に見える、が顔立ちは大人らしい雰囲気もある。

 まぁ、ヒーシャと同年代なんだろう。

 十代半ばってところか。


 赤毛の、快活さを感じさせる顔立ちの少女であった。

 クロほどではないが、癖っ毛が特徴的。


「ん……」


 俺達が入ってきたことで、眠りについていたナフが目を覚ます。


「おや、じ……? ヒーシャも、いるんだ。そっちは……」

「ツムラさんです。ほら、邪ノシシに襲われた時に助けてくれた……」

「ああ、あの人助け怪人」


 人助け怪人て。

 ……否定できないな。


「ツムラだ。君がナフだよな? ……ヒーシャから話は聞いている」

「あはは……ヒーシャが男を連れてくるなんて、びっくりだ」


 辛そうな声音で、冗談を口にする。

 それはヒーシャを安心させるためのものだろう。

 部屋の様子や、彼女の言動。

 これまで、盛れ聞こえてきた彼女の人間性は、やはりおもった通りのもののようだ。


「悪いね……ヒーシャを助けて貰ったのに、何のお礼もできなくて」

「いや、いいさ」


 お礼なら、これからもらうからな。

 ……経験値を。


 店主に視線を送ってから、俺はゆっくりとナフに近づいていく。

 彼女に手を触れる必要はない。

 あくまで治癒魔法を使うだけなのだから。

 床に膝をついて、彼女と視線を合わせながら、俺は魔法のイメージを固める。


「……ツムラさんは、何をしようとしてるんだ?」

「あ、ナフちゃん……それはね」


 おそらく、無駄に希望を持たせてしまわないよう、今までヒーシャと店主は黙っていたんだろう。


 俺はといえば、まずはナフの状態を調べようと魔法を行使している。

 魔力の光が、俺とナフを包み、淡く部屋の中へ広がっていく。


 困惑した様子のナフ、光を見て目を奪われている様子のヒーシャ。

 店主は、何も言わなかった。


「ナフ、俺は……」


 そして、魔法が効果を終えて、一言。



「俺は、君の呪いを解きに来たんだ」



 

 確信を込めて、そう言葉に変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る