第12話 蠢く闇



「魔王様、ご報告があります」


「なんじゃ、お主がわざわざここまでくるなど珍しい」


 遠く遠くの魔王城。

 その玉座に堂々と足を組み座している人物の影。


 彼女はこの世界の【魔王】であり、人類の敵。

 ――その名をウルスラという。


 褐色の肌に、その頭には立派な角。身体をギリギリのラインで隠している黒い紋様。

 

 その瞳は漆黒の闇を写したような黒。


 そして豊満な胸に、キレイなくびれのウエストと立派なお尻。

 まさに理想の体型を持つ彼女は、男が見れば誰もが魅了されるほどの妖艶さを放っていた。


「グラルドルフという街に気になる男がおりまして」


「……男?」


「はい。強い魔力を持つ男でございます」


「……ほう」


 そんな魔王に頭を下げる一人の女性。

 見た目は小柄な女の子にしか見えないが、彼女は魔王が誇る四天王の一人、ウィルムスである。


 変化の魔法で普通の女の子に扮しているが、本当の姿は誰も見たことがないという謎に包まれた人物だ。


 彼女はその変化の魔法を使い、あらゆる人物になりすます。

 魔王軍の偵察役を担う彼女は、数多くの情報をウルスラにもたらすのだ。

 その中に、先日ミルハート孤児院で行われたクロードとレネシスの決闘の情報もあった。


「して、そやつはどんな容姿をしておるのだ」


「はい。男にしては立派な身体と、人間では珍しい黒髪を持っております」


「ふむ。黒髪か……。もしや、アルベイン家の者か」


「その通りでございます。さすが、ウルスラ様」


 ウルスラは少し考え込む仕草をするが、その姿もまた様になっている。その瞳はすでに先の先を見通すかのように虚空に向けられていた。


「よし、ウィルムスよ。お主、素性を隠しそやつに接触してみよ」


「はっ! ――ですが、その隣にはシンシアという女がおりまして……」


「あやつか……。お主ならなんとかなるのではないか?」


「……申し上げにくいのですが、私では勝てるかどうか」

 

 魔王軍にはすでにシンシアについての情報がある。

 アルベイン家に伝わる【魔眼】。さらには人間の中では最強クラスの剣術の腕前を持つシンシアは、すでに要注意人物として魔王軍にマークされていた。


「あやつには変化の魔法も効かぬか……。厄介じゃのう」


「……一つ、私に考えがあるのですが」


「申してみよ」


「シンシアにはシエルという妹がおります。【魔紋】持ち故、表に出ることはほとんどございません。普段は屋敷近くの別宅に隔離されております」


 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべるウルスラ。その無邪気な笑みは底冷えするような冷たさを放っていた。

 

「……なるほど。そやつを使えば、シンシアと引き離せるかもしれぬな」


「はっ……! 私にお任せを」


「よし。上手くやって見せよ」


「ありがたきお言葉……」


 そうして、闇に紛れるように姿を消すウィルムス。

 闇の存在が、蠢きはじめる。


 ――こうして、クロードは物語が始まる前に魔王軍と接触することになるのだった――。


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