四葉のクローバー

アマオト

プロローグ

第0話 全てを失った日

 ある日、人類は2つの力を手に入れた。1つは人智を超えた神秘の力。国際機関はこれを『アルカナ』と名付け、研究を進めた。

 アルカナを扱えるのは極々1部の人間だけ……だったが研究が進みアルカナを扱えない人間にもある程度の力が使えるようになった。これを2つ目の力『魔法まほう』と名付けた。


 当然アルカナという強大な力を用いて犯罪等を起こすアルカナ関連の事件も多い。そんな人を私達は『無秩序アナーキー』と呼んでいる。


『警報、警報。第1地区にて無秩序アナーキーを確認。近隣住民は避難して下さい』


 噂をすればなんとやら、スマホから大きな音が鳴り響く。動画サイトを開くと現場の様子が映し出されていた。

 話を戻すがそんな無秩序アナーキーに対して、政府は何もせずただ黙って指をくわえていたわけではない。


『第3部隊は前衛、第4部隊は魔法で後方支援を、第5部隊は避難が遅れている市民の安全を確保​、そして我々第7部隊は───────』


 アルカナと魔法を扱う対無秩序アナーキー組織。人はそれを『獅子の牙ダンデライオン』と呼んだ。






『警戒態勢が解除されました。近隣住民の皆様にはご迷惑をおかけしました』


 そう言い終わると同時視聴数がどんどんと減っていった。走っていく警察等は見れたが、実際に戦闘は見れなかった。


「お姉ちゃん見れなかったなー」


 ベッドの上でスマホをいじりながら呟く。私のお姉ちゃんは獅子の牙ダンデライオンに所属しておりアルカナを使うことが出来る。入隊からその実力を認められどんどん昇級しているらしい。自慢の姉だ。


「私もアルカナ使えるようになれないかなぁ」


 来年から魔法を学ぶ為に学校に通う予定だ。学力と戦闘、2つの試験があるのだがアルカナを持っている者はそれらをパスされ合格確定、羨ましい事この上ない。


四葉よつばー?入るわよー……ってまたゴロゴロしてー」


 コンコンとノックの音と共にお母さんが部屋に入ってくる。これはまた文句を言われると思い耳を塞ぐ。


「来年受験なんだからちゃんと計画的に勉強しておくのよ?」


「へいへい分かりましたー、悪うござんしたー」


「全く……桔梗ききょうは真面目な子だったわ」


「ちょっと!お姉ちゃんと比べないでよ、そういうことしてるとグレるからね私は」


「はいはい、あんたもやれば出来る子なんだから頑張んなさい」


 そう言って扉が閉められる。仕方がなくだらりと勉強机へと移動し参考書を開く。暗記とか嫌だし過去問でもやるか……でも昨日も過去問だけやってその後は何もしなかったような?ま、いっか!

 それから1時間程して採点をしようという所で休憩を取る事にした。少しだけ……という思いでベッドに横たわり、スマホで動画サイトを開き適当な動画を再生する。今日お姉ちゃん何時に帰ってくるかな、早く帰ってきたら稽古つけてくれないかな……あれなんか少し……眠い。






「……ん」


 チッチッと時計の針の音だけが聴こえる。無意識に窓の外を眺めると真っ暗になっていた。


「夜中の1時……またやってしまった……」


 カーテンを閉めながらため息を吐く。いくら休みの日とは言え受験生の生活では無い。お姉ちゃんもとっくの昔に帰ってきただろうな、稽古ぉ……。

 1度自分の頬をパチンと叩き気合いを入れ直す。よし、今日は今から勉強するぞ。目覚ましにココアを作ってこよう。そう思い階段を降りてリビングへと向かうと月明かりが照らす人影が見えた。


「うわ……!って何だお姉ちゃんか、電気も付けずに何してるの」


「四葉」


 お姉ちゃんは私の名前を呼んで、ただじっとその場に立ちつくしていた。


「……大丈夫?疲れてるよね、今日もお疲れ様。何か飲み物持って来てあげようか?」


 そう問いかけても返事が返ってこない。何か異変を感じてお姉ちゃんに近づくと何かが床に横たわっていた。


「……っ!お、お母さん!?お父さん!?」


 胸辺りに黒い血が大量に付着している。な、なんで?どういう事?焦って上手く頭が働かない。とにかく救急車を呼ばないといけないと思いスマホをポケットから取り出すとお姉ちゃんに腕を掴まれる。


「な、何?早く呼ばないと!」


「お母さんとお父さんは無秩序アナーキーに襲われて、胸を貫かれたの」


「そ、そっか。お姉ちゃんは守ろうとして戦って、逃げられちゃったんだね」


「違うよ、四葉」




「え​───────?」




 突然、胸に痛みが走った。激痛で声が出ない。自分の胸に刺された透けている水色の触手を辿るとお姉ちゃんの背面から出ていた。触手はゆっくりと私の胸から抜けていき、完全に抜け終わると私はそのまま地面に倒れ込んだ。痛い、痛い、痛い。少しでも痛みを和らげる為になにか別の事を考えようとするが、その度に痛みが意識を現実に引き戻す。


「っぁ……なん……で」


 信じられない光景に自らを疑う。痛みから現実だと言うのは理解できる。ならば私は何か幻でもみせられてるんじゃないのか、これは姉の姿をした別の人なのでは無いのか。でなければあの優しいお姉ちゃんがお母さんとお父さんを殺し……今、私を殺そうとしている事になる。


「なん……でぇ!」


 受け入れられない事実を今度は目の前の女に投げつける。


「私がその無秩序アナーキーだから」


「嘘、だ……っ!偽物……なん、でしょ!」


「……はぁ」


 ため息を吐き、その女は語り出した。


「小学校の入学式の時、四葉が靴を履き間違えて私が届けに行ったよね」


「な、何……を」


「四葉の中学校の入学祝いに買ってあげたのは黄緑の筆箱、逆に私の学園の入学祝いに四葉が買ってくれたキーホルダーはクマのキーホルダー。値札も付いたままだったね」


「やめて……やめて……よ」


 ポロポロと情けなく涙が溢れ出す。否定する材料が頭に上手く浮かばない。嘘だ、嘘だよと同じことを繰り返すことしか出来なかった。


「……あとはほっといても死ぬだろうし、いいか」


「待って……」


「さよなら、四葉。今まで楽しかったよ」


 そう言って窓から飛び出して行った。






「……」


 少しだけ意識が飛んでいた。あれからどのくらい経っただろうか。数分しか経っていないのだろうか。開けられた窓から入ってくる夜風が冷たく体がどんどん動かなくなっていく。お母さん達もこんな風に刺されたんだろうか。どうして、どうしてこんな事になったんだろう。

 再度消えかける意識の中で、疑問が生まれた。姉はいつからこれを計画していたんだろう。昨日一緒に夕飯を食べた時の笑顔は偽物で、一昨日稽古を付けてくれた時の困り顔は偽物で、あれも偽物、これも偽物。本当は家族なんて思ってなかったんだ、お母さんもお父さんも私の事も。






 ……許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


 閉じかけた目を精一杯開く。私は死ねない。あの女に復讐するまでは死ねない。


 神様お願い。地獄に落ちてもいい。私に力を下さい。


 ほとんど動かない右腕を上に上げて、心の中で必死に願った。すると少しだけ手のひらが光った気がした。何かは分からないけれどその光に必死にすがるように、穴の空いた胸に触れた。


「……痛みが」


 数秒経つと、体の傷が元通りになっていた。自分の手を見つめると黄緑色に薄く発光している。


「……っお母さん、お父さん!」


 考えるのを1度やめて、お母さんとお父さんの胸に触れると傷が塞がれていった……がどんなに待っても目を覚ますことは無かった。


「私が……もっと早く……」






 その後救急車と警察を呼び、私は病院で事情聴取を受けた。手の話をすると焦った様に色々な人達に細かく聞かれ、それはアルカナだと説明された。また色々な人が来ることになるらしい。

 あの時、私は死ぬ直前だったはず。逆に既に息を引き取っていたお母さんとお父さんはダメだった。


 それが私の"治癒"のアルカナの力。


 私は、東雲四葉しののめよつばは自分の拳を握りしめ、復讐を心に誓った。

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