混沌・今昔物語集~平凡な女子大生、未来仏・弥勒に召喚されて世界を救う~

ブモー

一章 合体!? 承平天慶の乱

第1話 異世界に来たら、将門と純友が戦ってるんですけど……

 深夜0時。人気のない夜道を、仁田沙弥加にったさやかは1人で歩く。後ろで1つに結った髪、白Tシャツにジャージのズボンという風貌は、誰がどう見ても夜の散歩だ。

 しかし、彼女はどうしても楽しい気分にはなれなかった。


「はぁ……。つら」


 大学4年生6月、就活と卒論のプレッシャーに苦しめられる日々。現実逃避ですら、罪悪感で気が重くなる。今している散歩だって、気分転換の体をなしていない。行き詰ったESが、頭の中から消えてくれないのだ。

 結局、逃げたところで最後は自力でなんとかするしかない。つきまとってくる重圧に、ため息が漏れるばかりだ。


 とはいえ、内定がないわけでななかった。いつでも就活を終え、遊び呆けられる状態ではある。だが、手持ちの内定がブラック企業確定だった。

 “アットホームな職場”、”週休2日制”、”残業0宣言”……。

 どの企業も、うんざりするほどそれらの文言を謳っている。内定0よりはマシだと思って受けたが、行く気はさらさらない。実質、内定0。それが彼女の現状だった。


 いつになったら、マシな企業に引っかかるのか。卒論は終わるのか。いっそ、同級生のように残りの大学生活を遊び呆けようか。

 しかし、ブラック企業に耐えられる自信がない。今怠けてしまえば、実家に帰ることを余儀なくされる。それだけは避けたかった。


「あーあ。誰か助けてくれないかなぁ……」


 ぼやきながら、今日の講義の内容を思い返す。ほんの少しお祈りすれば、地蔵菩薩が地獄から助けてくれるという仏教説話。なんとまあ都合の良い話だと、心底呆れたのは記憶に新しい。


「あれ……?」


  ふと見上げた空に違和感を覚える。

 月が、異様に大きく感じたのだ。たまに大きく見えるときもあるが、そのレベルをとうに超えている。それどころか、どんどん巨大化している気がする。


「え、やばくない……?」


 日本消滅? 人類滅亡? 神話の中だけだと思っていた単語が、頭の中に浮かび上がる。

 突然襲いかかってきた死へのカウントダウンに、サヤカは呆然と立ちすくむ。


 ――その時、近づいてくる月が、ひときわ眩い光を放った。


「きゃああああああああ!!」


 月の光が、サヤカを包み込んだ――――。




 ◇ ◇ ◇




「う……、わたし、生きて……?」


 眩暈に顔をしかめながら、サヤカは体を起こした。瞼を開けるも、光を直視してしまったせいか周りがよく見えない。何度も瞬きをしているうちに、だんだんと視力が回復してくる。

 そうして、目に飛び込んできた光景に、サヤカは絶句した。

 灰色の空。枯れた木々に、荒れ果てた大地。この世のものとは思えない風景だった。

 このまま死んでしまうのだろうか? ……いや、もうすでに死んでいるのかもしれない。自分の生死すらおぼつかない現状で、人はおろか生物すら見当たらない。

 荒廃した世界で、1人ぼっち。途方に暮れ、呆然と立ち尽くしていると、ふいに遠くから声が聞こえてきた。どうやら、誰かいるようだ。

 だが、聞こえてくるのは男たちの叫び声。遠くからでも、尋常でない様子なのは明らかだった。


「うーん……」


 行くべきか、やめておくべきか。眉間にしわを寄せ、熟考するサヤカ。考えた末に、ここに1人でいるよりは、誰かがいる方へ向かった方がマシだと結論づけた。


「――よし!」


 恐怖に震える足を無理やり立たせ、サヤカは声のほうへと進んでいった。


 ――ほどなくして、サヤカはとんでもない光景を目にすることとなる。


「な……なに、これ……」


 そこで繰り広げられていたのは、武士の合戦だった。馬に乗り、鎧を身に纏った者たちが、雄叫びをあげながら太刀を振るっている。まるで、映画やドラマのような光景だ。

 しかし、これは作り物などではない。噴き出す鮮血、吹き飛ぶ手足。落馬しあり得ない方向に曲がる関節。噎せ返るような匂い、生々しい悲鳴。まさに、地獄。ドラマでは省かれるリアルが、そこにあった。


「どうなってんのよぉ……」


 サヤカは、かろうじて1人隠れられる岩陰に身を潜めながら、恐ろしい光景を見つめていた。逃げることを忘れ、ただただ怯えることしかできなかった。


 彼らが助けてくれるはずもない。まさに万事休す。諦めかけた、その時だった。


「なかなかやるな、平将門たいらのまさかど!」


 怒号の中で、よく通る声が鳴った。あまりにも聞き覚えのある名前に、サヤカは思わず身を乗り出した。


「フハハ、おぬしこそな、藤原純友ふじわらのすみともよ!」


(平将門と藤原純友!? あの……!?)


 驚愕のあまり、無防備に立ち尽くすサヤカ。

 たしかに、戦場にひときわ存在感を放っている2人がいた。それが、あまりに有名な歴史上の人物だとは思うまい。固まっていると、1人の武士に見つかりそうになる。慌てて岩陰に引っ込み、事なきを得た。心臓をバクバクいわせながら、サヤカはほっと息をつく。


(でも、おかしくない? なんであの2人が戦ってるの?)


 冷静さを欠いた頭でも感じる不自然さ。――そう、なのである。


 承平天慶じょうへいてんぎょうの乱。武士の台頭の始まりとして、あまりに有名な戦い。東と西で、ほぼ同時期に発生したことから、セットで覚えられる用語だが――決して交わることのない戦いなのは、誰もが知っているはずだ。


「この世界……。なんか、変だ」


 タイムスリップ? 死後の世界? それとも異世界転移? そんな思考をすっ飛ばし、平将門と藤原純友が戦っている状況に疑問を抱くサヤカ。あまりに非現実的な出来事の連続に、早くも免疫がついてしまったようだ。


「魔除けの石は俺たちのものだ! お前には渡さんぞ、将門!」

「ハッ! 石の効力を知りもせずに手に入れようとは、やはり所詮は賊の者よ!」


(石……? 何の話だろう?)


 首をかしげていると、さらにあり得ないことが起こった。

 

 将門の太刀に、炎が。純友の太刀に水が纏い始めたのだ。どう見ても超能力。漫画やアニメの世界だけのものだ。


(平安武士がやっていいやつじゃないでしょ!?)


「おおお……、ついに……!」

「皆、邪魔立てするまいぞ!」


 心中で盛大に突っ込むサヤカとは裏腹に、配下の武士たちは当然のように打ち合いを止めた。大将たちから距離をとり、戦いを見守っている。


(うわぁ……。あり得ないけど、見たい。ものすごく気になる……)


 創作物でしかお目にかかれない、ド派手バトルが始まろうとしている。すっかり恐怖など忘れてしまったサヤカは、固唾を飲んで戦いを見守ろうとした。


「――おい」


 すぐ横から、少年の声がした。見ると、テレビに出てもおかしくないレベルの美少年が、鋭い視線で睨みつけていた。


「陰からのぞき見するとは、無礼者め!」

「え、何――」


 目にも止まらぬ速さで振るわれた太刀。その切っ先は、サヤカの首に向けられていた――。

 




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