閑話休題 ④ 【今回も少し長めとなっております】

 はぁぁぁぁぁぁ。やっぱり温泉は気持ちがいいものですね。慌ただしい都会とは大違いです。


 しかもこちらは薬湯のようで、体の奥まで染み渡るような温かさを感じます。


 猫さんのように、両手をぐんと夜空に伸ばしてゆっくりくつろいでおりますと、なんだかユイカさんだけ置き去りにして申し訳がないような気持ちになってきます。


「へぇー、本当にあるんだな、混浴」


 混浴の湯に、どなたかいらっしゃったようです。やはり声は筒抜けですね。どなたでございましょう? なんて下世話にも耳をそばだたせてはなりません。


「あーあっと。今日は本当に疲れたなぁー。お前もこっち来いよ」


 ……殿方のお声は、臼井さん? そんな、そんなっ!! ユイカさんを好きだと公言しておいて、もう浮気ですか!? 許せませんっ。でも、わたくしの勘違いかもしれませんし。


「それにしてもアカリには参ったよ。頼むからあの子に八つ当たりするのはやめてくれない?」


 アカリ? そこにいらっしゃるのは、東原 アカリさん?


「だってぇー。コウヘイが悪いんだよぉ。あんな特徴も色気もない女を必死に口説くなんて。わたしだってそんなことされてないのに、悔しいじゃん。わたしはね、いつだってあなたの一番の愛人でいる覚悟があるの。佐々木と結婚したら、ダブル不倫。そういうのも好きでしょ? それにしてもあの子、なぁーんか思っていたよりもメンタルが弱すぎ。あんなんで本当に利用できるの?」


 コウヘイ? お声は確かに臼井さんのようですけど、コウヘイさん? ノゾ様の婚約者で、その場で困っている相手が今一番言って欲しい言葉を魔法のように暴き出し、それを肯定して、簡単に洗脳してしまうと噂の? この方が、コウヘイさん?


「焦らずぼちぼち口説いていくさ。なんせおれはハンターなんだぜ」


 ……ハンター? なんだか中二病の臭いがします。


「とにかく今は、あの女が必要なんだ。臼井の奴、スパー・コンピュータの鍵を開けた瞬間、おれだけに狙いをつけて国の重要機密の部分を凍結しやがった。こんなんじゃ戦争になんねぇよ」


 え?


「コウヘイは名前と真逆な性格だもんね」

「それに、軍資金も欲しい。そろそろノゾミがこっちの作戦に気がついているようだし、少しだけペースアップしないとな。それにしてもなんで、ノゾミの奴はこの国の国家機密を全部知っていて、それを使わないのか、おれにはわかんねぇな」

「わたしも乗り移った時にノゾミの腹を探ってみたけど、国家機密とか、それっぽいのはみあたらなかったわ。なにかで隠してあるのかしら?」

「ふん。クソガキの分際でこのおれを裏切るなんてな」

「あん。耳はやめてよぉ」


 もう、ここにいたくなかった。


 体はあたたまったはずなのに、今ではすっかり冷えてしまい、震える体で少しも音を立てないように、静かに体を拭いて、素早く浴衣に着替えます。


 人の気配を感じないうちに廊下に出ると、いつの間にかオンになっていたスマホの録音ボタンをオフにしました。


 悔しいです。こんなに胸がムカつくだなんて。ですが、わたくしが聞いていたことを悟られてはなりません。悪逆非道な彼らのことです。どんな手を使ってくるかわかりませんもの。


 食堂で水を飲んでおりますと、見知った関係の内藤さんに話しかけられました。瞬間的にナニカガチガウことには気づいてます。


「マチ子さんは、なにを召し上がりますか?」


 椅子に座ったわたくしは、すがるような目で内藤さんを見上げる。瞬間、内藤さんらしき人、おそらくたぬきが化けたのでしょうが、はっきりと目をそらしました。


 ……違う? わたくしは誰を信じればいいの? 


「どうかした? マチ子さん」

「なんでもありません。ただ少し、温泉でのぼせてしまいました。申し訳ありませんが、着替えて外の風にあたってきます」

「風邪ひかないでくださいね」

「お気遣いなく」


 不思議に思っていましたもの。内藤さんはいつの時もわたくしのパートナー。それなのに、わたくしたちより早く、ここに居ることに疑問を持つべきでした。


「あら? もうよろしいのですか?」


 女将さんに着替えるから廊下にいてくださいと告げますと、その通りにしてくださいました。その隙に、わたくしのスマホを思い入れのあるポーチに隠して、ユイカさんのバッグに忍ばせます。


「すみません。わたくし少し用事ができてしまったのですが、一人で結界の外に出ることはできますか?」


 そう、すべては結界が溶ける前のまやかし。


 女将さんは、薄ら笑いでもちろんですよ、と答えてくださいました。ちなみに一度結界に入れた者は、改まった儀式がなくても入れるとこのと。再び女将さんにユイカさんを託しました。


 駐車場で自分たちのワゴン車を見つけると、素早くハッチバックを開けました。さらに、その下に隠しておいた大型のネイキッドバイクを取り出し、ワゴン車に鍵をかけました。


 ですがこのままではバイクは走れません。愛しいマモルさんがわたくしにしか扱えないよう、特殊な仕様になっております。


「チュッ」


 これだけで、ネイキッドバイクは本来の大きさ、機動力、重さを取り戻してくださいました。


 エンジン音を静かに保ちながら、急ぎ、本物の内藤 マモルくんを探しに結界の外に出ます。


 ユイカさんごめんなさい。早く戻って来ますから、少しだけがまんしていてくださいね。

 

 ユイカさんは、コウヘイさんたちがおっしゃるようなメンタルが弱い人ではありません。ほんの少しだけ繊細で、自分のことより他人の気持ちを優先させてしまう、とてもお心の優しい、気高いお方です。


 なぜならあの頃、部屋から出られなくなりそうな気配を感じたユイカさんが、あのお小さい体で懸命に走り、スタジオの責任者に、みなさんを助けてくれるよう懇願していたのですから。


 あの時、わたくしたちのしたことは、完全に自業自得でしたのに。


 ドアの外に脚立があったのは、本当は、業者さんのものでした。


 ですから、ユイカさんは決して弱い人間なんかではありません。


 つづく

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