ルークサナトリウム

向井 光輝

 風が強く吹いている。

病院の屋上に、何をするわけでもなく俺は立っていた。

何処までも続く空、一面の緑。

否が応でもここが社会と切り離された場所だと認識させられる、静寂。

………よ

こんなに静かなのに誰かの声が聞こえた気がした。

……いよ

ああ、これはきっと死者の声だ。

俺を待っている死者の声。俺も遂にお迎えが来たってことだろうか。

「危ないよ!」

 違う。これは生身の声だ。

久しく聞いていない、生身の声の叫んだ声だ。

「聞こえなかったの?そんな所にいたら危ないってば!ほら、早くこっちに!」

「お、おう」

声のする方へ下がる。「よろしい」と聞こえた。俺は声の主に向き直る。

「だめじゃない、立ち入り禁止の屋上に入るなんて」

声の主……見たところ俺より少し小さい、十五、六歳くらい少女はなにやらご立腹の様子。

だが、こちらも些細な抵抗を試みる。

「それはお互い様だろうが。お前もココの職員ってワケじゃないんだろ」

「そ、それは…そうなんだけど…えへへ」

どうも調子の狂う笑い方をする。

「でもでも、良いところだよここ。景色が良いし、静かだし」

「まあ、柵も最低限しかないし危ないけどな」

「キミが言う…」

そうは言いつつも少女の語気は心なしか上機嫌に見える。やはり、普段はこんな風に話ができる人などいないのだろうか。

二人で風を受ける。

忘れていた感覚。病院ってのはこんなに広いもんだったのか。

「キミは、いつもここに?」

「……いや、ここに来たのは初めてだ。

毎日毎日、目的も無くブラブラフラフラしてるよ」

まあそのせいで医者達にはまり良い目で見られてはいないが。

「ふーん。じゃ、もしかしたら廊下とかですれ違ってたりしたり!?」

「それは ……覚えてる自信無いな」

「え~、ちょっとがっかり」

「あのな、第一、すれ違う人の顔なんて一々覚えてないだろ」

それに、ここの”病人”の顔なんて見たくもない。

「アタシみたいな美人とすれ違った日には、夜も眠れないくらいだと思うけどな~」

「お前………それにお前は美人じゃないだろ。どっちかっていうとかわいい系だ」

ポカンとでもいうような間。

その間に自分で何と言ったのか、分かった。

「……今アタシのこと可愛いっていいました?」「言ってない」

食い気味で答える。

「いーや、言ったねッ!オマエはかわいい。もうオレはオマエのことしか考えられない。オレとケッコンしてくれ!」

「そこまで言ってねぇよ!

ていうかどこまで自己肯定感高いんだよお前は…」

今この女からえへへという擬音がした。間違いなくした。

「どう?少しは元気になった?」

ぐぐぐっと覗き込みながら聞いてくる。

「自殺する気は無くなった?」

「しねーよ!」

そんなに危うく見えてたのか俺!

「冗談冗談。

でもでも、元気ではなかったでしょ」

「………」

参ったな。…そんなに危うく見えてたのか、俺。

「ここに元気な奴なんていな……殆どいねえよ」

「キミも戦っていたの?」

「……ああ」

 戦っていた。

あの時は、誰もかれも。

戦わなければ生き残れなかった。

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