其の八:練り歩いて候

「京に行った事はあるか?」

「無い」

「なら、尚更、この光景は映えるだろうなぁ」


 飯を食った後、ワタシは公彦を連れて中心街を適当にブラつく事にした。銭湯を出て、適当に路を歩くだけだが、奴が驚くには十分だろう。


「そっちの路は呉服屋街。あっちは金物…で、ここは飲み屋街。似た様な店である程度固まってっから、一回覚えちまえば迷うこたぁねぇだろうな」


 人で賑わう街。行き交う人々は、ワタシの姿を見止めると、ある者は僅かに怯えて道を開け…ある者は冷えた笑みを貼り付けて会釈してくる。さっきすれ違った連中や栄達がおかしなだけで、これがワタシへの普通の対応…ワタシはそれらを無視しながら、公彦を連れ立って練り歩いた。


「随分有名人なんだな」

「それなりにな」

「齢、幾つだ?見た目より年増なのか?」


 道行く途中、周囲の人間の反応をジロリと見回していた公彦が冗談紛いの声色で煽って来た。ワタシは即座に公彦の方へ顔を向けると、それと同時に懐へ隠していた脇差を抜いて公彦の首筋に突き当てる。


「あぁ、一つ言い忘れてたな不浄役人。女に齢の話題を振るのは御法度だ」


 これまで公彦に見せた事もない顔と声色で脅しをかける。路を行き交っていた名も知らぬ管理人共の悲鳴が耳をつんざいた。


 脇差の先が僅かに公彦の喉の皮を裂き、そこからジワリと血が滴る。公彦の眼をジッと数秒…脇差を離し、公彦の服の袖で血を拭うと、鞘に収めた。


「気ィつけな。ワタシはで済むが、花魁にやったら只じゃ済まねぇぜ」

「花魁?」

「あぁ、斬られるこたぁねぇだろうな。だが、夜寝るまでの間に一回は死ぬだろうよ」


 ワタシの忠告を、公彦は話半分にしか聞いていないだろう。さっき僅かに感じた殺気は感じられず、花魁如きに何が出来るとでも思ってそうだ。きっと、いつかやらかすに違いないが…まぁ、それも通過儀礼だろうか。栄の毒は体にんだ。


「おっと、おふざけも過ぎちゃぁいけねぇな。んな事言ってる間に過ぎちまう所だった」


 そんなことをして歩いている間に、少し寄り道したい通りを過ぎてしまう所だった。一度立ち止まったワタシを無視して通り過ぎようとした公彦の腕を掴みあげ、十字路を右に曲がると、その先に広がる光景を指さして見せる。


「刀剣に用があるならこの通りだ。お前さんの打刀、ちっと切れ味悪かったからな」


 そう言って、大路よりかは少々狭い…どこか隠れ路の様な趣を醸し出している通りに入っていく。同時に、公彦の目の色が僅かに色づいた様に見えた。


「良くもまぁ、あれで皮一枚残して斬れるよなぁ。ワタシにゃ無理だ」


 左右にズラリと並んだ店、それら全ての軒先には、これでもかという程に刀や槍が並んでいる。いつ来ても、何処か胸の奥を突かれる様な通りだ。ワタシは適当な店の前で足を止め、適当な刀を一本取ってみると、それを公彦に押し付けた。


「この手の品を買うにゃぁ、チト早えぇ。仕事をこなして功績を上げねぇといけねぇが…」

「ならば何故渡す」

「ワタシなら、刀一本安いモンだからよ。好きなの選びな。就任祝いって事にしてやる」


 公彦は目を丸くすると、無言で通りを見回す。ざっと一町は続く刀剣街。公彦は手にした刀を店に戻し、ジッと刀を見回すと、やがて通りの奥の方へと進みだした。


 公彦が向かったのは、通りの中でも一番狭い刀屋。狭い店の入り口から入っていくと、適当に二、三の刀を手にしては鞘から抜いて刀身を確認していく。奴が選んでいる刀は、どれも短い刀だった。


「脇差で良いだなんて遠慮は要らねぇぞ?」


 公彦の後についていったワタシがそう茶化すが、公彦は意に介さず地味で短い刀を念入りに眺めはじめた。黒を基調に、所々に金の装飾がなされているが…そのどれもが最低限で、パッと見には地味で頼りない刀に見える品だ。


「おい…」


 公彦はワタシの言葉にも反応を見せず、刀をゆっくり鞘から抜いていく。銀色に輝く刀身が出て来るかと思ったが、出てきたのは鈍い黒…ザラついて、何者の顔も反射しなさそうな仕上げがなされていた。


「渋いな」


 横から覗いたワタシがそう呟くと、公彦は刀をワタシに押し付けてくる。


「これか?」

「アンタのだ」

「は?どういうこったい?」


 受け取ると同時に、奴の言葉を聞いて豆鉄砲に撃たれた様な顔を晒すワタシ。公彦はそれに答える事も無く、先に店の外へと出て行ってしまった。


 残されたワタシは受け取った刀を眺め、数度鞘から刀を出して刀身を眺め、刃渡りの鋭さに目を細めると、その刀を買って外に出る。


「あいよ」


 そして刀を公彦に渡そうとしたが、奴はそれを受け取ることなく歩きはじめてしまった。


「おい、公彦、こりゃどういうこった?」


 すぐに追いかけて問いただすと、奴はワタシの方を一瞥して、そして足先の方向へ顔を戻した。


「俺のナマクラより、アンタの無駄に長い太刀を変えんのが先だろう」


 公彦の一言に、ワタシはポカンと目を丸くする。そして、刀を見下ろした後、ワタシの肩はワナワナと震えだした。


「フッ…アッハハハハハ!そう言う事かい、こいつぁ気を使われたなぁ。公彦。そうか、剣客の管理人なんざ暫く見てねぇからなぁ」


 噴き出した後、公彦の肩を数度叩いたワタシは、手にした刀を公彦の胸に押し付ける。要らぬ気遣いだ。奴には知らない事だから仕方がないが、ワタシにはあの太刀が一番合ってる。


「公彦、あの刀はなぁ、ワタシが管理人になる前から使ってんだ。ここの品じゃねぇし、何よりアレ以外は手に馴染まねぇのさ。そもそも昨日、でやっちゃいねぇよ!こいつァ、お前さんが持っときな。お前さんの刀だ」


 僅かに気を載せて言い含めると、ワタシは家の方角へ足を向けた。刀剣街を抜け、十字路を左に曲がり…中心街を囲う塀を越えて半里程の道のりだ。


「さて、帰ったら虚空記録帖に名前を書いて貰うぜ。衣食住…ココで暮らすにゃ、アレに名前を書かなきゃ始まらねぇからよ」


 塀を出たあたりで公彦にそう話しかけると、奴は僅かに眉を潜めてから、小さくため息をついた。


「あの本の事を、全て教えてもらった後でな」


 暫しの後、ポツリと一言。ワタシは中々に頑固な男の横顔を見て、フッと鼻で笑う。


「お前さんに拒否する権利なんざねぇっての。ま、最初はらしいな」


 風呂場で栄に言われた言葉を思い出しながら言い返すと、公彦の視線がピクリとこちらを向いた。


「どういう意味だ?」

「時が経てば分かるさ」


 公彦の問いをサラリと躱し、ワタシはそっぽを向いて辺りを見回す。石を切り出して作られた辻行燈が並ぶ石畳の街道…その周囲は竹に囲まれ、現実離れした景色が広がっていた。


「さて、夜までにはケリを付けたい所だがなぁ…」

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