第4話

彼は待った。


登録したSNSには

『うさ吉』

と名前があり、ウサギのぬいぐるみの写真がプロフィール写真として円の中に置かれていた。彼女のあだ名だろうか。なんとも可愛らしいかった。他にプロフィール情報は無かった。

『朝森 忠信』

彼は本名をそのまま載せていた。登録する時、なにも考えていなかったのだ。今思うとバカだったが、「おじさん」なのだ、仕方ない。名前を見た人によく言われるのが、男前になり損ねた名前だね、だった。これも仕方ない。よく似た名前の有名人がいるのは、自分でどうしようもないことだ。


とにかく、彼女『うさ吉』さんからの連絡を彼は待った。スマホが振動する度に飛びついた。ただの通知でがっかりする。その繰り返しだった。まるで初恋に落ちた中学生だった。


落ち着いて考えよう。向うは、美人で仕事もできる。冒険心もあるしおそらく、彼氏が複数人いてもおかしくない。自分は、遊びに付き合わせてもらったのだ、それだけでも過分にありがたいことだ。変に期待しない、期待しない、期待しない。今まで、自分なんかが頑張った事でうまくいった事など一つもないのだ。すっかり自嘲が癖になっている彼は改めて自分を戒めた。自分に向かって「お前ごときが良い事など有るわけがない。」こう思うのが癖になっていた。


ただ、彼女の熱い体内を、奥から奥からドンドン溢れてくる愛液を、ジュクジュクになった彼女のひだを、そして彼女の火照った頬と何かを訴えてくるかのようなあの目を思い出すと、自慰行為が止まらなかった。自分でも驚いたが、まだまだ性欲があったのだ。こんなにも誰かを欲する事がまだあるとは。


しかしその日は何も連絡はなかった。

いい年をして三回も射精をした。


翌日、一日中待ちわびたが彼女からの連絡は無く期待値の量は半減した。

その翌日、やはり連絡は無く、期待値量はまたその半分になった。

三日後、仕事中も帰宅してからもずっと彼女の事を考えていたが、少し仕事の事を思い出し、顧客のアンケートから好事例集を作成しなければ、と考えている時に突然スマホが振動した。なにげなく、またどうせアプリからの通知だろうと期待せず眺めた画面に『うさ吉』からのメッセージが表示された。慌ててスマホをとり上げたが、二、三度お手玉のように左右の手の中で跳ね危うく落とすところだった。良い事という物は、得てしてこんなタイミングで突然現れるもんだ。だからいつも上手く掴めないんだ、と彼は思った。


「24日13:00新宿、27日20:00新宿、29日19:30池袋、いずれか一つ選んでください。後は追って通達します。」


???

始めは何のことかわからなかった。これは・・・デート的な事か・・・・?


今はまだ12日だ。かなり先だが選べるのは一日だけ。どういう事だろう。

三日とも会えばいいじゃないか。


いや、そうだ。彼女は忙しいに違いない。彼氏もセフレも何人もいるかもしれない。

そう、冷静に考えよう。


二人の今の関係性からして、普通にデートする関係ではない。二回遊んだが、いずれも異常な状況だ。つまり、このお誘いもどこかありえない状況でエッチな遊びをしましょうというお誘いだと考えるのが妥当だ。


24日13:00新宿、これは、その日が休日か昼休みの間だけ遊ぼう、という事だろう。

27日20:00新宿、これは仕事終わりだろう。新宿で仕事が終わるということか?だが、

29日19:30池袋、これも仕事終わりだとすると、27日は仕事が終わって新宿まで移動するから20:00になると考えられる。我々の会社は19:00で退勤、だと一応建前だが決められている。しかし、残業は珍しくないことを考えると27日、29日を選ぶのはあまり良くない。彼女が残業してしまったら遊ぶ時間が短くなってしまう。

彼は自分のスケジュールを確認した。なんと24日は休みになっている。

迷わず「24日13:00新宿でお願いします。」と返信した。

送信してすぐトークルームを開く。既読がつかない。まだ既読がつかない。まだつかない。まだ・・・。一端スマホを閉じた。


とにかく、彼女の方から奇跡的に連絡が来たのだ。彼女を信じよう。

そう思うと胸の中が明るい光でいっぱいになった。

「やっほう!やったー!うっひゃー!」

彼はやっと喜びを声にした。

どんな形であれ美人を会う約束をしたのだ。お互いにド変態として会うとしてもだ。

楽しみでないはずがない。彼は小躍りして喜んだ。しばらく動悸が激しくなり自分でうるさく思うほどだった。彼はその日を楽しみに待つことにした。




そして当日。



休日だというのに朝7:00に目が覚めた。シャワーを浴びて色々準備して、ゆっくり自分のアパートを出発したつもりだったが11:50に新宿についてしまった。時間を持て余して駅周りをウロウロと歩き回った。

カフェに入っても落ち着かずすぐに出てしまう。またウロウロ歩き回る。歩き疲れてまたカフェに入る。三度も繰り返してしまった。駅の周りの飲食店などが随分と様変わりしていた。知っている店がまだ残っているか確かめながら歩いた。


12:50から、いてもたってもいられなくなったが、結局連絡が来たのは13:09だった。それでも彼は喜んだ。

大喜びした。


送られてきたのは地図だ。映画館?そうだ、これは映画館だ。だが大きな封切館ではなく、古い映画を二本だてで上映する名画座のようだ。彼は地図を頼りに進んだ。あまり通った事のない道を歩き、戸惑いながら彼女の導きに従って。


映画館の前のガードレールに彼女は不安定に腰かけていた。白く長いコート、襟がフリルのグレーグリーンのシャツ、黒いミニスカートに黒く光沢のあるストッキング、膝下まである濃いブラウンのロングブーツといったいで立ちだった。


彼はしばらく見惚れていた。人目を惹くのだろう、行き交う人々がマジマジと彼女を見ている。あまりに見過ぎて彼女に小突かれている若い男もいた。


ふと、こちらに気づいて小さく手を上げた。彼も慌てて手を上げた。彼女が映画館を指す。彼は頷いた。彼女が先に立って受付に向かう。2人が連れであることを主張するように彼は急いで彼女と並んで立った。


「大人二枚。」


彼女が先に言ってしまった。彼はサイフを出そうとしたが彼女の手が彼の手を抑えつけた。


「後で何かおごって?」


ニコニコしながら言われ、彼は照れて焦った。


「う、う、うん。」


子供のように答えた。


そのまま、腕を捕まれ館内へ引っ張って行かれた。


そうか、映画館か。今度は映画館で痴漢ごっこだ。


彼は興奮してきた。今日はブレスケアも飲んできた。何度も口臭衛生剤でうがいをした。勃起力向上の薬も飲んできていた。準備は万端だ。

彼女も興奮しているようだ。チラチラこちらを見る目がもう潤んでいる。心なしか、まるでこちらに恋愛感情でもあるようだ。最初の大きな扉を彼女が押し開け、二重になっている扉との間で、急に彼女が振り向いて抱き着いて来た。


彼はびっくりして一瞬固まったが、彼女の望みを叶える事、彼女の希望にできるだけ答える事、それを思い出し、すぐに腕を回して抱きしめた。

身長はあまり変わらないようだ。彼女の柔らかい髪越しに、柔らかい耳たぶをかんじた。

「はあああああっ」

彼女が漏らすため息に、彼も同じ吐息で答えた。ずっとこうしたかった。電車の中で出会った時から、ずっとこうしたかった。やっと抱きしめる事ができた喜びに彼は打ち震えた。


彼女が頬を摺り寄せてくる。そのまま頬で確かめながらこちらの唇を求めて来た。彼は喜んで答えた。口を開くと彼女の舌が勢いよく入って来る。一昨日からブレスケアを何度も何度も飲んどいて良かった。今もブレスケアをずっと口に入れておいてホントに良かったと思った。


彼女の舌がいたずらにこちらの口の中を撫でている。こちらも彼女の口の中のあちこちに舌を差し入れて答えた。口蓋を舐めていると、彼女が興奮しているのが鼻息で伝わって来た。彼も興奮で鼻息が物凄く荒くなった。


「ふうっふうっふうっ」


二人とも相手の肩や腕を握り、背中をさすり、相手の存在を確かめて喜びにあふれていた。ふと、


グッと強く押されて、彼から身体を離そうとする。彼はその動きに従った。

また腕を掴まれる。


「中にはいろ?」


悪戯っぽく笑う彼女に


「うん、うん。」


彼は腕を引かれるまま返事をした。


そうだ。


今日は映画館で思う存分エロい事をするために来たのだ。


彼は思い直して自分の腕を掴む彼女の手を取ると、二人手を繋いで真っ暗な映画館に入っていった。



END


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