第14話 年下のお姉さん
ナツミとの面談の席を蹴ったヨシキはひとり中央広場のベンチに座り、通りの屋台で買った燻製肉のフライドドッグを食べていた。マックの朝食を渇望した誰かが作り出したファストフードで、塩辛く若者に人気がある。
(チーズが挟まってると完璧なんだけどな)
酪農家も立て直しの最中で、やっと牛乳の生産が再開したばかり……チーズの再生産にはもうちょっとかかる。
手持ちの琺瑯のマグにはココナツジュースを注いでもらった。紙やビニールのカップはまだこの世界にはない。
見慣れた人影が近づいてきたのでヨシキは片手を上げた。
「ヨシ君なにひとりで、マー君は?」
従姉妹のユリナだ。
17歳、スポーティな身長170㎝、母親に似てサバサバした性格。ニットとスリムジーンズ姿。
ヨシキにとっては「年下の姉」だった。
なぜ年下なのに姉なのかというと、生まれはユリナのほうがマサキより5年、ヨシキより7年早かったのだ。
でもユリナは中学卒業時、川上の家族と一緒にイグドラシルに移住した。川上兄弟はさらに10年後、マサキが20歳になるまで移住しなかったので、歳を追い越してしまったのだ。
弟ふたりが先に大人になってしまって背丈も抜かれ、ユリナはブンむくれた。ユリナの五歳年下の弟ショウヘイもかなりショックだったようで、やや疎遠になった。
「にーちゃんはホテルにいるよ」
「役場から電報届いて、わたしも急いで駆けつけたんだよ。ナツミおばさんがここに現れたんだって?」
「そう」
「それじゃあなんでここにいるのさ、ナツミおばさんホテルにいるんでしょ?」
「食い終わったら戻るよ」
「またへそ曲げてんの?」
「またってなんだよまたって!いいから先に行って挨拶してくれば?」
「まじでナツミおばさんだったの?」
「たぶん……いや間違いない」
「それじゃあ行ってくる。ヨシ君も早く来な?」
「ああ!」
親と離れふたりだけでイグドラシルにやってきたため、川上のお爺ちゃんおばあちゃん、豊川家のユリナの母親ユイ(ナツミの妹)にはいろいろと世話していただいた。
ユリナはたびたび先輩づらして少々お節介だったが。
両親ははなぜかたいへんな資産を持っていた。ヨシキの父親はその大半を川上家に託してイグドラシルに送り出した。
そのおかげで川上家と親戚一同はカワゴエの隣、ツルガシマの企業城下町に広大な土地を買い、お屋敷を築いていた。
転移したヨシキたちはそこに身を寄せた。
自衛官だったヨシキたちの父親は、自衛隊解体後は魔導救難隊指揮官に就いていた。そうしてライフラインが徐々に麻痺していった日本中で救援活動を行っていた。
その傍ら、有志を募ってイグドラシル移住後はどうすべきなのか?という趣旨の勉強会も催していた。
バァルやアルトラガンの生活や社会構造はデスペラン・アンバーの本に書かれていて、大きな政府は機能しないと分かっていた。
それで密かに企業グループや地方行政の役人と連携して、新世界での「日本政府」の機能再開を待たず、5~50万人規模の辺境行政システムを樹立すべく準備を重ねた。
じっさい、新世界の「日本政府」の機能不全は深刻だった。
仕事しているとかろうじて思えるのは、ありとあらゆる「官庁」と称する組織から無認可行為を規制する書簡が送られてくる時だけだった。
だらだらと長くお役所言葉で綴られた書簡を要約すれば「国家再建の大綱が整うまですべての国民は勝手に行動しないでください」ということだ。
禁止条項には一回一万円以上の旧貨幣のやりとり、認可されていない商取引(どれが該当する取引なのかは明記されていない)、「過激な」政治活動。無許可の土地譲渡や開発、場当たり的な道路や水道、橋の建造――そして〈魔導律を含む危険な能力の行使〉が含まれていた。
「官庁」に土地開発申請をしたらしたで、まず認可は下りず「しばらく待て」と返答されるだけだ。
現在〈中央政府〉――シンカスミガセキの住人は議員定数を従来通りにするか地域拡大に合わせて5倍に増やすか、【復興】のため所得税、酒税と消費税率を何%引き上げるべきか、住人の長距離往来はどこまで規制すべきか、新マイナカードを全住民に再発行するためのシステム構築をどうすべきか、憲法を一部改訂すべきか議論していた。
国土開発計画のための測量作業は予算と人員不足で遅々として進まない――「全土」をいっぺんにやろうとしているためだった。
地方は初年度に土建会社と協力して人が住んでいるところだけさっさと済まし、「国」に提出さえしていたのだが。
衆参両議院選挙を来年行うことだけは決まったようだ。
サイタマはヨシキの父たちが用意した計画に従って町役場を中心とした行政システムを構築していた。
一億人をまとめるのは至難の業だが、ひとつの行政区につき数万~数十万人の世話をするならはるかに迅速で、現実的だった。
ほぼすべての県がそれに倣った。
そしてイグドラシルは植民者にとても優しかった。気候は比較的温暖で自然の驚異は豪雨と雪程度。
食料も豊富だったので、難民生活は避けることができた。
家族世帯に100メートル四方の土地を与えれば、その中で生活できた。畑を作りニワトリを飼って隣と野菜を交換して……原始的だが効率的だった。そしてイグドラシルの植物は多くが食用に適し生育も早いと判明した。
土地はいくら割り当てても余っていたので、一定の金額を納められる世帯にはただちに譲渡した。それで自然に町が形作られていった。
結果的に本当に世話が必要な貧困層や独身、ひとり親世帯のケアだけに集中できた。
そこでもやはり食べ物と場所に困らないという利点によって多くの問題が片付いたので、生活保護が必要な人間は旧日本での最盛期だった2040年に比べⅠ/100……0.2%に満たなくなった。。
そして、生活再建に当たっては異世界魔道士と〈ハイパワー〉、「第二文明人」と呼ばれる神の化身がボランティアに駆けつけた。
彼らはあっという間にひとつの街ごと送電網と水道を敷設して、一日で10軒もの家を建てた。住民が抱えていた身体的な問題をすべて解決した。
おかげで転移開始後一年で毎日やってくる新規移住者の受け入れにも余裕が生まれた。むしろ有り余る土木工事を抱えた自治体間で誘致合戦が起こるほどだった。
ボランティアのおかげで大幅に節約できた税金を残ったインフラ整備に充てることができた。
土地開発については新たな基盤を求める鉄道会社や土建会社と提携した。
企業はすべからく協力的だった。政府に規制される前に既成事実を作ってしまいたかったからだ。労働力確保のため学校や公共施設への資金も寄付した。
マサキとヨシキが来たときのイグドラシルは、各地で町が形作られる最中だった。どうやらファンタジーゲームのような
父親にはサバイバル技術をみっちり仕込まれたがあまり必要なさそうで、少々拍子抜けしたくらいだった。出番はせいぜい魚をさばいたりニワトリをしめて解体すること程度だ。
将来なにをするにしても、自由すぎて却ってレールもろくにない世界だった。
しかし、植民地初期は明るい面ばかりではなかった。
司法権がまったく機能していなかったので犯罪が多発していた。
開拓村のいくつかは暴力団に仕切られ、日本から持ち込まれた支援物資の横領や闇市が蔓延って、太平洋戦争直後じみた状態に陥りかけていた。新規開拓者を騙して不当に働かせていた。
どこかでブレーキをかけなければならない。
ふたりはそこにある種の突破口を見いだした。新世界植民地の安寧は父親が強く願っていたことだった。
タイミングが味方した。
ボランティアに駆けつけた超人たちと連携することによって犯罪の芽は潰され、ふたりは経験を積むことで魔導律を磨きあげた。
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