第13話 猫たちの行方


 「難しいお年頃なのね」


 ベータがそうつぶやきながらヨシキの席に座り込んだ。椅子がギシッと音を立てた。


 マサキが目を丸くした。

 「ホログラムじゃ……」

 「だと思ったー?ざんねーん」

 ナツミも目を丸くしていた。

 「あんた、実体があるの?」


 ベータが得意げにうなずいた。

 「〈ハイパワー〉の超テクノロジーが詰まったウルトラスーパーエクセレント第六感コンピュータなんでね!これは人呼んで大技〈空中元素固定そ――」

 「あんたおたく?」

 「やあねえ!ナツミさんが変な検索ばっかしたから電子頭脳に偏ったキャッシュデータ蓄積したんじゃないの」

 「わたしのせいなのかね?」やや哀しげな口調。

 「まあネタバレすると〈ハイパワー〉のドローン群て世界各地にばらまかれてんのね。それで必要なときはフェイクマターを集めてこういうふうに」自分を指さした。「対人インターフェースを作れちゃうの」


 ナツミは首をかしげるばかりだ。



 階上からチーム・レイブンクローが降りてきた。

 「ナツミさんマサキ、グッモーニン!」

 「ああ、おはよう」マサキは立ち上がった。

 「ミカエラは?大丈夫なの?」

 「ありがとう、部屋で療養してる」

 チームの男性諸氏はベータに目を見張った。

 「おーいいねえ!――『ゴールデンアックス』のコスプレ!?」

 「この人、〈ハイパワー〉のベータさん」

 マサキが紹介すると、一同はさらに目を丸くした。

 「〈ハイパワー〉と個人的に知り合いなのか!?」

 「と言ってもドローンで……すまん説明されたけどよくわからん」



 10分後。


 上っ張りを羽織ったベータが朝食を食べる様子を見て、一同はふたたび目を丸くしていた。

 「アンドロイドなのにメシ食べるんだ……」

 「まあどっちでも良いんだけどねー、なんでもエネルギーに転換できるから」

 上っ張りは「ほかのお客様に差し障りありますので……」と提供された物だった。


 焼きたてのバターロールとハムエッグ、ハッシュブラウン、サラダにスープ……イグドラシルの食事はなんでも美味しい。


 おもての屋台も大半は地元の食材を焼いたり煮たりして売っている。材料は裏の森でいくらでも採れるらしい。

 「環境アレルギーがまったく無いんだ!」テッドが言った。「地球みたいに土壌や大気中の有害物質が蓄積してないから、なに食べても安全だ。水も綺麗だ。食物として取り込んだ俺たちもますます健康になる」

 「まさに天国よねえ」アナが頷きつつ、テーブルの端に置かれた「猫の餌」をつまんで食べた。

 「あ、それ猫ちゃんの餌……」ナツミが言うと、アナは目を点にした。

 「どういうこと?」


 マサキが答えた。

 「ああ……ここでは猫を相棒にしたがる人が多いんだよ」

 「なるほど!」合点がいったらしい。「そういうこと。あの子たちが相棒になってくれれば心強いもんね」

 言いながらまた餌をつまんで食べた。けっこう意地っ張りだ。


 「ねえ、意味が分からないんだけど、そんなに猫をペットに迎えるのが流行ってるの?」

 「ペットなんて失礼なんだよ、母さん。ここじゃ猫と人間は対等なんだ。むしろ相棒として選んでもらったら光栄なことで」

 「へえ!そうなんだ……」

 「猫は優秀なイグドラシル案内係なんだ。冒険者にとっては必須の相棒で、だけど世界が広くなって、幾種類かの愛玩動物たちは人間のいない土地に行ってしまったから、今やレアなんだ……」

 「人間のペットはもういやだってこと?」


 ベータが皮肉っぽく言った。

 「人間の都合で処分されたりケージに閉じ込められたら無理もないよ」

 アナが鼻を鳴らした。「あたしら南米系には縁の無い話だ。ペット飼う余裕なんか無かったから」

 トムが言い添えた。「けっこうショックな話だよ。馬や牛、生存を人間に強依存してる家畜は残ったけど、残りは自然に返っちゃった」

 「ワンちゃんもいないの?」

 「いや、アメリカじゃ半分は人間と一緒に働いてる。牧童犬とか」

 「日本でもそんな感じ。都会に慣れた猫たちも町に住んでるからときどき現れるとそれで」マサキは餌の皿を指さした。「気を引こうとする。たまに成功する」

 テッドが言った。

 「猫は魔導律を探知できるんだ。もともとイグドラシルの種族なんじゃないかって、真面目に言ってる学者もいる」


 「そういえばですぴー……デスペランさんも猫のハリーを相棒にしてたわ」

 「デスペラン・アンバー? 母さんが一緒に戦った……」

 「あのデスペラン・アンバー?」テッドが身を乗り出した。

 「みんな知ってるの?」

 「異世界転移に関わってる人物はみんな知ってる。特にデスペランは著書を残したから世界王討伐に去ったあともしばらく有名だった。けど猫を飼ってたとは知らなかった……」

 「猫のハリー軍曹……ペット呼ばわりすると怒るの。使い魔だったの」

 「あの人あたしのママのボスだったし」アナは溜息を漏らした。「ママがファーストアタックに加わってたらあたしもここで生まれて、デスペランの側近になれたかも」


 「ここじゃ誰も精子提供も体外受精処置もしてくれないよ」

 「それにここで生まれたらおまえまだ二歳くらいだ」

 「うるさいんだよ!」


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