第10話 川上兄弟


 マサキは魔導律のパワーで廃車となったバイクを積み上げていた。


 ここはカワゴエニュータウン近郊の自動車集積地だった。東京ドーム10個分ほどの広大な駐車場だ。


 異世界移住事業の最盛期、人々の多くが自家用車ごとポータルをくぐった。

 イグドラシルにも石油があるはずだ、という可能性に賭けたわけだ。


 たしかに化石燃料の埋蔵地は豊富にあった……ただし大規模な原油精製プラントを建造するのは別の話だ。

 地球から持ち込んだ鉄鋼はすぐに底をついたので、まずはアルミや鉄の原料を掘り出さねばならない。そして製鉄所を作り、各種工場を作るのはさらにそのあとなのだ。ガソリンや灯油の流通は来年以降だと言われていた。


 それで、各地でガス欠となった自動車の置き場が用意された。日本国内だけで一千万台が持ち込まれていたから、気ままに乗り捨てると景観が大幅に損ねられてしまうからだ。


 じっさいにはガソリン車とディーゼルだけでなく、水素自動車、ハイブリッド、メタノール燃料車など、転移した年代によって様々な車が並んでいた。移住先で利用するはずだったモーターホームやキャンピングカーも数多い。


 現在まともに動かせるのはEVだけだ。高等種族〈ハイパワー〉の協力で人類は核融合反応炉の実用化に成功していたから、電力は豊富だった。

 しかし同時に提供された電気エネルギー保存技術は人類の手に負えない超テクノロジーだったため蓄電は従来型のバッテリー頼りだ。一回の充電では隣町に行くのがやっとだった。


 新しい日本はあまりにも広いため、仮に個人所有のガソリン車が復活したとしても、行けるのはせいぜい隣の県までだろう。

 推定埋蔵量からガソリン代は格安になると言われている。それでもトラック運送をはじめとして移動コストはバカにならない。


 そうしたことから新天地の道路交通計画は難航していた。

 全国を結ぶ立派な道路なんていらないんじゃないか?元の日本でさえろくに使われてない国道があったのに。

 日本再生派と地方行政推進派の軋轢にはそんな面もあった。


 〈政府〉はドイツ式のアウトバーンで日本全土を結ぶ計画を立て、その費用は莫大な税金となる。

 しかしまだ新紙幣も刷っていないこの時期に税金の話をするのは馬鹿馬鹿しいではないか?というのが地方行政派の言い分だった。

 新天地はどこも肥沃で、隣接県と連携するだけで食糧自給率は100%まかなえる。野菜や肉を遠くから運んでくる必要はなかった。

 SDGなんたらという環境に優しい政策を推し進めていたのだから、それを難なく達成している現状を変える必要がどこにあるのか?


 自家用車の実用性に疑念が生じていたので、なし崩し的に故障車や廃車に加えて不要車もここに集められている。地方自治体は三人世帯以上に土地を割り当て始めていたから駐車スペースはあるはずなのだが、愛車の引き取り手は期待したほど現れていない。


 マサキとヨシキ……川上兄弟はカワゴエで随一のパワー系魔導律を持っていたので、ショベルカーやクレーン車の代わりを務めることがままある。

 いまはパワーリフト代わりで、暴走族のバイクを敷地の隅に並べていた。


 重機も電動モーターでは必要なトルクを得られないので、〈ハイパワー〉が提供してくれたスーパーメカを除けば、現在行われている土木工事はほとんど人力だった。

 対岸の鉄道敷設工事は19世紀の手法で行われている。マサキたちも文句を言う余地はなかった。

 弟は文句たらたらだったが。


 「誰がこんな黒焦げにしちゃったんだ?」川岸から運んだバイクの残骸を蹴りながらヨシキが言った。「アナ・ロドリゲスのパーティーがやったんか?」

 「だとしたらずいぶん修行したんだろう」マサキは答えた。


 物理的打撃魔法にエレメントを加味する技は難易度が高い……初歩的な念動でガソリンに引火して操ることができたとしても、無から炎や水を作るのは次元が違う話だ。

 「おかげで部品なんかろくに取れやしない」


 ヨシキは自分用のバイクを入手したがっていた。それで使える部品を探している。後片付けに参加したのもそれが理由のようなものだった。


 「おまえだってずいぶん派手に賊を蹴散らしたようじゃないか」

 「まーな~。ある程度徹底しとかないと、すぐ仕返しに来るだろうし」

 「どのみち一度くらいは復讐しに来るだろ?……あいつら執念深い」

 「分かってるよ兄貴!今後なん週間は気を抜かないよ」


 「……それでヨシキよ、母さんの話だけど」

 「あン?」険を含んだ声。「兄ちゃんそれ本当にかーちゃんだったの?暗くてよく分からねえだろ」

 「間違いないと思うけど……」そんなふうに詰問されると自信がなくなってきた。ヨシキはふんと鼻を鳴らした。

 「ま、その人と明日会うんだよな?」

 「俺たちふたりで。それではっきりしたらばあちゃんたちやユイおばさんに知らせる」


 ヨシキは屈みこんでプラグを物色していたが、やがて立ち上がった。

 「――もし本当のかーちゃんだとしたら、転生しちゃったってことだよなあ?」

 「うん……」マサキはうなずいた。「そうなるんだろう」

「しかも若返ってた?」

 「二〇代に見えた」

 ヨシキは盛大に嘆息した。

 「いくらファンタジー世界に来ちまったってもよ……そんなん聞いたことないぜ?死んだ人がいつか転生するって話はデスペラン・アンバーの本で読んだけど、復活するのはたしか何百年、何千年後って話だろ?しかもよっぽど執着がないと前世の記憶は引き継がないって……」

 「俺だってよく分からないんだっつの」

 「親父は?かーちゃんしか転生してないのか?」

 「親父はむこうで10年前に亡くなったって言ってたよ……90歳で」


 「ほらまたややこしい話だよ!親父たちと別れたのはたった二年半年前だぜ?それからあっちじゃ40年も過ぎちゃってるのか?」

  マサキが改訂した。

 「50年だ」


 「じゃ、母さんは最後の10年間は、ひとりぼっちだったんだ」

 「――そうなんだ……ま」ヨシキは顔を逸らしてまぶたを揉んだ。「親父亡くなったのか……」


 ヨシキは憮然とした面持ちだ。

 両親は元気で生きているという幻想が突然崩れたのだ。

 マサキだって胸にぽっかり穴が空いたような喪失感を感じていた。無理もなかった。

「だからよ、あんまり食ってかかんなよな」マサキは釘を刺した。「相手は百歳のおばあちゃんなんだから」

 「あ?二〇代って言ったろ?」

 「そうだけど」マサキは困惑顔だ。「なんか喋り口調がおばあちゃんぽい」


  川上家は荒れてはいなかったが、次男のヨシキは反抗的態度とまでは行かないのだが、何ごとにもやや斜に構えるほうだった。とくにイグドラシルに移住してからその傾向が顕著だった。

 「誰に似たのかねえ」と従姉妹のユリナも言っている。川上家は呑気な家系だ。父方の鮫島家のほうは代々警察官や公務員を輩出していて、みな生真面目で不良はいない。


 「終わった。もう帰るぞ」

 「夕飯食いっぱぐれて腹減ったよ。なんか食おうぜ」

 「だな。家に帰るか?それともカワゴエニュータウンで一泊するか?」

 「家に帰ろう。二ヶ月前に届いた荷物取ってこなきゃ。その母親って人に本物なのか訊きたいから……ところで兄ちゃんさ、話は変わるけど」

 「なに?」


 「アナってやっぱ巨乳だった?」


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