第7話 追い詰められて……


 ナツミは川岸を必死に駆けたが、多勢に無勢であった。


 賊はわざとバイクをゆっくり走らせて土手を併走してる。ナツミにもっと急げとはやし立てていた。

 (まあこんな状況だと、警察が必要って意見も分かるよね)

 とは言えあいつらはそんな意見に正統性を与えるため、わざと暴れているんだという。


 「オー、いたぶってねえでさっさととっ捕まえろや!レンジャーがうろついてんだぞ」

 「ちんけな正義の味方ごっこしてる奴ら?どーせ2~3人だろ?」

 「うっせーなバカ、ちいっと魔法使えるからってでけぇ口叩いてんじゃねえぞ」

 「あー?てめえこそびびってんじゃねえのか?」


 バイクの一台が土手を斜めに突っ切ってナツミの背後に迫った。

 「おらおらねーちゃん!もうおしめーかぁ!?」

 バイクがナツミの隣にまで迫り、ライダーが棒を振り上げた。


 「ふっ!」ナツミは殴られると察して頭を抱えた。


  バシン!と鋭い音が響いて周囲の闇がストロボみたいにまばゆく瞬いた。


 ナツミがすくめた頭を巡らせると、バイクの男が片腕を押さえてよろけていた。そのままバランスを崩してバイクごと転倒した。


 ナツミの行く手に人影が立ちはだかっていた。


 テッドとアナだ!


 ナツミが2人の間に駆け込むと、暴走族たちも手前に止まってバイクを降りた。みんな鉄パイプやバットを持っていた。


 「あれアレ~?ダチに一発食らわしてくれちゃったのはガイジンだぜ」

 「たった二人かよ、イキがりやがってよお!」


 アナが一歩進み出た。

 「あんたたち、ぶつくさ言ってないでかかってきなよ」

 「上等だゴルァッ!」

 鉄パイプの男二人が殴りかかってきた。テッドが身を翻してナツミを庇うように身を寄せる。

 アナが右側の鉄パイプに向かって短剣を一閃すると、パイプが根元からポッキリ折れた。アナはそのまま男の懐に飛び込んで肘打ちを食らわせた。

 それから素早く身をひねってもう一人の鉄パイプの攻撃をかわし、回転の勢いのまま顔面に蹴りをたたき込んだ。


 二人の男が同時に倒れた。


 「テメエぶっ殺すッ!」今度は六人が突撃してきた。


 テッドがこぶしを手首の付け根で合わせて構えのポーズを取り、手のひらから光の矢を放った。その直撃で一人が背後に止めたバイクの列まで弾き飛ばされた。

 残りの男たちは多少ひるんで立ち止まった。


 「てめえら魔法使えンのかよ!」

 「俺はレンジャーだ!」

 「レンジャアだとう?」釘バットの男が嘲るように言った。「その程度でほざくんじゃねえよ!山下ぁ!いっちょマジモンの手品見せたれや!」


 「ちっめんどくせえな」

 痩せた長髪のヘビメタルックが背後から現れた。

 「こいつら殺しちゃってい~の~?」

 「おう!ミンチにしちゃってしちゃって」

 「女はあんま痛めつけんなよ、お楽しみに取っとかねえと」

 「エー?めんどくせえ注文つけんなよな~」


 長髪のヘビメタは目を瞑って合掌すると、サッと功夫のような動きを見せた。


 「あ、ちょっと待って!」アナが叫んだ。

 「なんだ~?降参すんの?」

 「あんたたちこのまま続けても一生犯罪者だよ?肩身狭いよ?」

 「心配すんなねーちゃん、この国法律が無いンよ。俺ら何やっても取り締まりねーから、お巡りさんいないんで」

 「そーそー」

 「なるほどねー」アナは不敵な笑みを浮かべた。「だったらあたしたちがあんたら叩きのめしてもお咎めなしだ」

 「分かってくれた?ま~好きに言ってろや、てめえらシバいてヒーヒー言わせちゃうからよ」

 「あ、あとひとつだけ、いい?」

 「はぁ?ぐだぐだ言ってんじゃねえよ――」

 「あんたたちのうしろにあたしの仲間がいる」


 男たちが一斉に振り返ると同時にその場が爆発した。五人が弾き飛ばされ、二人が川に落ちた。


 ヘビメタはとっさにジャンプして攻撃をかわした。アナと、背後に現れたもうひとりの女の子がヘビメタを追いかけるように跳躍した。

 テッドはナツミの体をすくい上げると、そのまま抱っこしてジャンプした。バイクの列を飛び越えてチーム・レイブンクローのお仲間と合流した。


 「トム、サメジマさんを町に連れてけ!」

 「おまえらは?あのヘビメタ野郎はけっこう強いぜ?」

 「あの程度の奴らに勝てなきゃ、俺たちの修行も頭打ちだ!」

 「けどさあ……」


 ヘビメタは地面から光の槍を突き出す技を繰り出していた。おかげでアナたちは忙しく動き回らなきゃならない。

 ほかの賊たちも立ち上がりかけていた。

 「畜生!おまえらも程々にして撤収しろよ?」

 「分かってる、死ぬつもりなんかない」


 それでトムともう一人の男の子、マキシーに両脇を固められて、ナツミは町のほうに向かった。

 しかし賊の応援部隊が森のほうから接近しているのが見えた。何十台もいる。

 「トーマス!あのスピードじゃ追いつかれちまうよ!アナたちも危ない……」



 不意に――ナツミが立ち止まった。


 マキシーもぎょっとして立ち止まりかけた。

 「カワカミサン!止まるな!」


 ナツミはトムたちに背を向けたまま、その言葉を遮るように片腕を上げた。


 バイクの群れはどんどん接近してくる。


 群れの先頭が30メートルまで近づいたとき、ナツミは叫んだ。


 「群れなす不届き者たちよ!イグドラシルの地に赴くに及んでまだ狼藉を繰り返すか!」


 それは単なる叫び声ではなく、まるで特大の拡声器に増幅されたかのように、空気中に物理的な圧力が加わって轟き渡った。バイク集団も思わずブレーキをかけた。


「我が怒りの鉄槌を 受けるが よォい ――!」


 叫びの最後のほうは声ではなく、火焔だった。


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