第5話 夢
食事を終えて、ナツミは入浴のためいったん部屋に上がった。シャワーを浴びてさっぱりしたナツミは浴衣に着替えた。
洗面所の鏡でようやく自分の姿を確認した。
「う~ん」
たしかに若くなっていた。
なんだか自分ではないみたいだった。どれほど若返ったのか見当もつかない。
部屋は広々として、バルコニーから夜景を眺められる。遠く対岸の町も煌々と明かりが灯り、遊覧船か漁船が行き交っていた。どこからかダンス音楽と笑い声が聞こえる。
室内に振り返って、寝心地良さそうなベッドを見た。
(いま横になったらそのまま寝落ちするだろうねえ……)
体調は良いけど頭はいろいろあってくたびれていた。
とはいえ……眠ることに不安もある。
目が覚めたら晩年を過ごしたお山の家で、アルファと二人きりの生活に戻っているかもしれない。
不思議だけど、心のどこかではそれも良いかな、と思っていた。
(ウシオさんを置いて来てしまったし……)
自分だけ転生したということにいささか罪悪感を覚える。
60年連れ添って、ナツミの夫は亡くなった……野良仕事をしに庭先に出て倒れた。心不全。最後は突然に、あっけなく訪れた。
駆けつけた厳津和尚の手で亡骸を明部神社のそばに納めて、ささやかな葬儀を営んだ。その頃には人はとても少なくて、葬儀社なんてどこにもなかったのだ。
まだイグドラシルに行かず明部神社の旅館街に住んでいたのは数十人。それが埼玉に残っていた人たちのほぼすべてだった。
魔法使いの旦那がいなくなってしまったら、もう次の冬は越せないな……住民たちは諦めの境地だ。なんだかんだ転移を拒み続けていた人たちだ。
ナツミと厳津和尚は残った人たちに移住を勧めた。
そして……誰もいなくなった。
それから10年ほどの年月は長いような短かったような……悠久の静寂に包まれた地球で季節の移り変わりを楽しみ、夢現の時間を過ごした。
自分が不幸だと思ったことは一度もなかった。
(歳を取ったのよねえ)
息子たちとの再会を考えると気後れした。
20歳になったマサキと18歳のヨシキをイグドラシルに送り出した際、もう二度と会えないとはっきり伝えたのに、どういう顔して接してあげれば良いのだろう?
「やあ息子たち、ママ転生しちゃった!ちょーっと若返っちゃったけどね」って?
サイと会えると思い当たった途端嬉しくなってしまったことも、後ろめたかった。
息子たちになんといえば良いのだろう?
「ママは初恋の人に会いに行きたいの!ごめんね!」って?
ナツミはブンブン首を振って夜の空を見上げた。
(ウシオさんの魂もここに来てるの?)
なにか歌だったか、わたしとあなたは同じ空を見ているというフレーズを、いまほど実感したことはなかった。
(サイ、あなたもこの世界のどこかで同じ空気を吸ってるの?)
「は~あ」ナツミは深々と溜息をついて、ベッドに倒れこんだ。
(おばあちゃん、70年ぶりに乙女に戻っちゃったよ……)
そして寝オチした。
ナツミはお山の頂上にいた。
(ああやっぱり夢か……)
あたりを見回すと、メイヴさんの家の軒先に巫女姿の女の子が立っていた。
――ナツミさんさあ、なにをくよくよ悩んでるんだか。
ああアルファ、あなた転移しなかったの?
――まさか!あんたが死んだからもう地球に用はないし。
やっぱりわたし亡くなっちゃったんかねえ……
――眠るようにね。わたしも介護のお役目御免ですっきりしたよ。
あなたにはとてもお世話になったわよねえ、ありがとうね。
――それは何度も言われたからもういい。ナツミさんたら晩年は同じ話ばかりだったじゃない。
ご、ごめんなさい。
――ほら、もう悩んだり謝ったりすることないからね?ナツミさんは第二の人生始まったんだから好きに生きればいいんだよ。
ナツミは苦笑した。
そう言われてもねえ……なかなか難しいのよ。
――のんびり行きましょ、あんたにはクエストもあるし、まずはそれクリアしなきゃ。
え?ちょっとなにクエストって――
ナツミははっと目覚めた。
「カワカミサン!起きて!」
だれかが部屋のドアを叩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます