第3話 屋外劇場
テレビを見ながらぼんやりしていると、ラウンジにお客さんが訪れだした。
夕食の時間だ。一人客……大きなバックパックを携えた人を多く見受けた。男性が多く年齢は幅広い。
(ケーキを食べたばかりだからいちど部屋に戻りますか……)
ナツミは立ち上がってみたけれど、歩いても膝もどこも痛くないのが気に入っていた。結局町をもう少し散策することに決めた。
外はすっかり夜になっていたが、通りは街灯がともり、屋台が賑わっていた。
テレビもあるし、電気は通っているらしい。
ナツミは徐々に思い出していた。
ずっと昔、異世界ポータルを開いて人々がイグドラシルに移住し始めた頃、ちまたでは、移住先で生活を立て直すのは至難の業だろうと言われていた。電気もガスも上下水道もなく。住居も道路もなく、石油があるかどうかも分からない場所で……
だけど、ここに人間が移り住んで3~4年が経過したそうだけど、ずいぶんしっかりした生活基盤を築いたようだ。
ナツミは心底ほっとした。
(だってみんながここに移住しなければならなくなった責任の一端は、わたしにあるから……)
そのうち人が同じほうに向かっているのに気づいて、ナツミもその流れに加わった。
数分ほど歩くと、町の端にある露天の円形劇場にたどり着いた。
地面からすり鉢状に落ち込んでコンクリの観覧席に囲まれ、古代ローマっぽい。ライトアップされた真ん中のステージは差し渡し5メートル程度で、ごく小さな劇場だった。それでも千人くらい集まってるだろうか。
どうやらショーかなにか始まるらしい。立て看板に演目が記されていた。前半は生歌とダンスにコント、後半は旅行者による外国見聞報告と討論会。
「ヘイ、カワカミサン!」
テッド・ペンスキーが手を振っていた。
「あらテッドさん」
「きみも観に来たのか」
「いえ……」ナツミは手を振った。「わたしチケット買えないから」
「客席はね。バックヤードの立ち見は無料だ。客の半分くらいはタダ観だから気にするこたあない」
「テッドさんたちも観るんですか?」
「俺たちは出演するほう。バァルに出掛けた話を披露するんだ。みんな「異世界」の話は興味津々だからな。ビデオも上映するから観てなよ。面白いぜ」
「それじゃあ観覧させていただきますかねえ」
ショーが始まった。まずはロックバンドの演奏。女性ボーカルで、ナツミの知らない歌や、古いヒット曲をメドレーした。
それからコント……どうやら異世界あるあるネタのようで、みんなゲラゲラ笑っていたけれど、恐竜のうんちがどうとか、ナツミにはいまいちピンとこないネタばかりだった。
それから男女ペアによる創作ダンスが始まったが……明らかに魔法を使っている。
あり得ない高さに跳躍して、手のひらに光を灯し、愛し合う妖精カップルという趣だ。
終わると拍手喝采が巻き起こった。ナツミも拍手を送った。
ダンスのあとは第2幕で、客層がいくらか入れ替わった。観客の人数は増え、立ち見の最前列にいたナツミは地面に座った。
テッドとその仲間が舞台に上がった。代表者は南米系の女の子だ。
「カワゴエのみなさんはじめまして、あたしたちはカリフォルニア合衆国から来たチーム・レイブンクロー。あたしはパーティーリーダーのアナ・ロドリゲスです」
彼女がメンバーを紹介すると、彼らはアメリカ発の土産話を披露し始めた。背後のスクリーンに写真を映しながら解説している。
「エーご存じのようにニューアメリカ大陸はアルトラガンとバァルと呼ばれる「異世界」と国境を接しています。と言ってもその距離は12万㎞、地球三周分ですが――」
「異世界」というのは地球人と同じ人間が住んでる別の世界という意味のようだ。
「それで、アメリカ人は当然、別世界に大挙流入したわけです。「魔導律」を習得したかったですから、みんな魔法に夢中です。
そして「アメリカ政府」と称するごく一部の連中は――」客席から笑いが起こった「――そうした旅行者の帰国を禁じてしまいました。
残念なことに、彼らは魔法使いの増加をとても恐れているのです……ここに来てキリスト教的な考え方が強化されてるんで。伝説的な「世界王討伐」に参加したアメリカ軍魔導大隊7600人の身柄も一時拘束して収容施設送りにしました……あたしのママもその中にいました。
でもまあ、全員脱走しちゃいましたけどね」
そうしてチーム・レイブンクローのメンバーは「世界」で見聞したことを次々紹介した。
中国もロシアも分裂した。
独裁国は住民がみんな逃げて消滅。
インドの隣にイタリアがある。二国は仲良くやっている。
イスラム教徒は一大共和国圏を築いたけど誰とも喧嘩してない。噂では預言者が現れて極端な信仰を叱責した結果、女性の地位が向上したという。
イギリスはだいぶ小さくなって、ドイツ人たちは弓矢と斧を手にして森で暮らしている、等々――
観客は熱心に傾聴していた。最初はなぜなのか分からなかったけれど、どうやら「冒険旅行先」を検討しているらしいのだ。みんな地図とにらめっこしながらどこに行こうか相談していた。
報告が終わると質問コーナーとなって、チームは舞台の袖に座って質問に丁寧に答えていた。
――冒険に出かけるのに剣は必要?
――一万㎞あたりの渡航費用はいくらですか?通貨はなにを用意すべきですか?
――ドラゴンはいますか?
――魔法の絨毯を使うのに必要な修行とその期間はどのくらいですか?
――いちばん危険なのはどこですか?
―― イグドラシルはどれくらい広いんですか?
「えー、バァルの記憶大聖堂で文書を紐解いた結果、少なくとも地球の公転軌道……つまり半径一億㎞はあるらしいです……」
――総面積が半径1億㎞の平面世界!?
「2億平方㎞ってこと?」
「バカだな違うよ、1億×1億×3.14だぞ!」
「エ~……それって地球の何倍なの?」
「六千万倍です……ざっとね」アナが即答した。
くだけた口調で格好も冒険者のコスプレ風だったけど彼女は高学歴らしく、話す内容が若い女の子のそれではなかった。
「それについてはMITの研究でもまだ判明していないんすよね~。この世界の理論モデルについては、単純な一枚の平面とは言えないんじゃないかって。太陽が昇って夜が来るのはなぜかもまだ説明できてないし。
空には――」そう言って上を指さした。
「――星が見えますね。ちなみにあの星のように見える光は恒星ではなくて、もっと近くにある物体だそうで。この世界にも宇宙はあるんですよ。だけど地球のように丸くないので、人工衛星は打ち上げられなくて。それでGPSも使えないわけ。ネットや長距離電話、衛星放送がダメな理由はそれです。ほかにもいろいろ理由がありますけど」
「たしか電離層がないんだったよね?それで電波が跳ね返らないから、テレビ放送も遠くまで届かないとか……」
「ええ、だけど問題はそれだけじゃ……そもそも物理法則が地球と違うんですよ。おかげで教科書をすべて書き直さなくちゃならなくて、学者さんはただいま狂乱の真っ最中で。光の速さも違って、大魔道士がテレポーテーションできるのもそれが理由です。
私たちが割り当てられた地域はある種の防御フィールドに包まれていますから日常生活に支障はないですけど、その外に出たら文字通り景色が変わります……たぶん脳にかかる負担が大きすぎて耐えられないだろう、とバァルの賢人は言ってたそうですよ。徐々に慣れるしかないと」
「え?それじゃわれわれは閉じ込められてるってことじゃないか?」
「閉じ込められてるって言っても……地球の10倍以上の面積ですよ?征服するのに何百年かかるか。ちなみにバァルはその三倍で人口は1200億だそうですけど」」
「なんだ……中世みたいな生活水準なのにずいぶん栄えてんだな」
「バァルの生活水準は正確には近代、19世紀後半程度ですよ。それに百万年も存続してます。おそらく何度も隆盛を繰り返していまは意図的に古い生活様式を選択しているのでしょう。
アメリカの一部高官のように彼らが地球人より劣っていると見なすのは間違いですよ」
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