『まるスロ』――【地球まるごと異世界転移 あるいは】おばあちゃん転生して若い女の子になっちゃったんで今度こそスローライフ目指しますねてへぺろ【スローライフもつらいよ‼】

さからいようし

第1話 貴腐人の目覚め



  ――目覚めよ



 だれかの声が聞こえる。


 体が軽くなって、それからスッと夜が訪れて……


 深い深い忘却に落ち込んで……


 無。




 それから、光が見えた。




 ――目覚めよ




 さっきより強い声が響いて、ナツミは目を開けた。



 「ねーおねーちゃん!起きてよ!」

 「ン?ああ……なあに?」


 心地よいまどろみから覚醒させられて、ナツミはしぶしぶ目をこすった。10歳くらいの男の子が傍らに立ってナツミを見下ろしていた。


 「あら」

 「おねえちゃん、ダメだよ道端で寝ちゃ。いくらここでもさあ」

 「ああ……ごめんなさいね」


 どうも草むらに大の字で寝ていたらしい。ナツミはやや気恥ずかしさを覚えて体を起こした。

 ナツミはいつもの和服ではなく、大昔に着ていたようなジャンパースカートとTシャツ、サンダル履きだった。スカートの裾を払いながら訊ねた。


 「ボク、どこの人なの?」

 「おねえちゃんもしかして転移してきたばっかり?」

 「てんい?」ナツミは地面に手をついて立ち上がった。「よいしょっと……わたし、お姉ちゃんと呼ばれる歳じゃないよ~」


 だけど男の子はナツミに背を向け、土手のうえで馬車みたいなのに乗ってる人の元に駆け寄っていた。


 「ねーねーお父ちゃん、あの女の人、きっと転移してきたばっかりだよ!」

 「そうかい、それじゃ迷子になってるかもしれないなあ」

 男の子が振り返って叫んだ。

 「ねー、町まで乗ってく~?」




 それで数分後、ナツミは馬車の乗客になっていた。

 馬車と言っても馬曳きではない……電動の大八車、といったところだ。とはいえ『馬車』と呼んでいるようだ。

 お父さんと息子は前のベンチシートに座って、ナツミは野菜籠と一緒に荷台に乗せてもらっていた。


 ナツミが寝ていたのはすごく大きな川の土手だった。

 電動馬車は川沿いの未舗装の道をのんびり進んでいた。


 「どうも~ご親切に」

 父親が振り返った。

 「あんた、どこから来たの?」

 「ええと……」ナツミは見慣れない景色を見渡しながら答えた。「埼玉から来たんですけれど……ここはどこなんですかねえ?」

 「ああやっぱり転移してきたばっかりか、それじゃあ冥奉メイヴ神社ゲートから来たんだね。イグドラシルにようこそ」


 「い、イグドラシル!?」ナツミは驚愕した。「ここイグドラシルなんですかえ?」

 「なんかあんた喋りかたがヘンだね」

 男の子もケラケラ笑った。

 「お婆ちゃんみたいだ!」

 ナツミは当惑した。

 「だってわたしお婆ちゃんなのよ?」

 「いやいや、どう見ても20歳くらいだけど?そういえばお名前は?」

 「ああハイ、川上ナツミでございます」ナツミはゆっくりお辞儀した。


 「川上さん?わたしは桑田です、こっちは息子のマサアキ」

 「どうもマサアキくん。わたしもマサキっていう息子がいるのよぉ」

 「それで川上さん、埼玉のどこ出身?」

 「川越です」

 「そりゃちょうど良い。いまカワゴエに向かってるからね」

 「カワゴエ?ここにもカワゴエがあるの?」

 「ええ」桑田さんは笑った。「カワゴエもオオミヤもウラワもありますよ。ここら辺は西カワゴエ……もっとも東西南北はまだはっきりしてないんだけど……真っ平らだからねえ」 


ナツミは改めて景色を見渡した。遠く霞むくらい原生林の平地が広がっていて、遠近感が狂っていた。そのさらに奥に途方もなく大きな山脈が連なっていて、巨大津波のようにのしかかってきそうに見えた。

 遠くなのに威圧感があるのは、地球のように地平線が丸くないからだった。


 「広々してますよねえ……遠くのお山はどのくらい離れてるのか」

 「ありゃチチブ山脈だ。日本アルプスより大きいんだってよ」


 「まえの埼玉県の10倍も広いんだよ!」マサアキくんが教えてくれた。「サイタマだけで関東平野くらいあるんだ!」

 「エー!?」

 桑田さんも笑った。

 「そうなんですよ。おかげでトウキョウに行くのに丸一日かかる。ま、景色はこことおなじド田舎で特別何かあるわけじゃないから誰も行かないけど」

 「そういえばむかし、とても広い土地が用意されてるってですぴーが言ってたわ」

 「そうだ、川上さんはここに来たばかりなんだろ?日本はどうなったのかね?」

 「どうって?」

 「ほら、あちらとこちらでは時間の経過が違うんだよ。だからあんたみたいに来たばかりの人って、われわれにしたら未来人なんだよね。うちがこっちに移ったのは2030年だったが、ここに来て3年ちかくになる……まあ1年の長さもまだ決定してないんだけどだいたいね」

 「ああ……なるほど」ナツミは晩年の曖昧な記憶をなんとか思い起こして、覚えている年数を伝えた。

 「へえ!22世紀までほんのちょっとかあ!そりゃあすごいや……最近半年くらいは転移者もめっきり減ってたからねえ。あっちはどんどん物資が減って住みづらくなってたようで……あんたがろくに荷物も持ち込んでなかったのはそのせいかね」


 「荷物……」

 本能的に胸元に手をやると、レッドダイヤモンドのネックレスの感触があった。


 ナツミはようやくなにが起こったのか実感した。



 ひょっとしてわたし、転生しちゃったのかね!?



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