【連載版】大悪魔システィーナとイタイタ!オタガール

SAI-X

【第1章】デビル・ユリナ!

大変!ママ起きた!

「ああ、つかれた……。今日はもう動きたくない」


 とある少女が小さな根城としている、アニメや漫画、ゲームに関するグッズがたくさん飾り付けられた小綺麗な私室の中。

 高校を卒業してすぐ、大学ではなく就職を選んだその小さき城の主--ダークブラウンの髪をした友梨那ゆりなは、今宵もシンプルで心の落ち着くベッドで寝ていたが、そこで異変が起きた。


「誰ッ」


「あたしは【システィーナ】。逢魔が刻を統べる大悪魔」


 人ならざる角や尻尾を生やした、シルバーグリーンの髪の女が黒い翼をも広げてマウントポジションを奪い、主導権を完全に握ったのだ。

 ボンテージファッションを身にまとい、恍惚の表情まで浮かべており、友梨那は美しさ以上に恐怖を感じずにはいられない。


「あなたはあたし。あたしはあなた」


 ……などと耳元で囁かれたのだから、なおのことわけが分からない。

 何をしようというのか。精気や若さを吸うのか、あるいは……。


「き、気持ち悪い」


 目を見開き、この現状を信じたくない顔をして友梨那が叫ぶ。


「はあ?」


「お、女同士でチューするなんて……二次元だから・・・・・・いいんじゃない。リアルで、ましてや好きでもなんでもない者同士でやったら気色悪いって」


「わかってないなあ……。普通、こういう時は素直に受け入れるモンでしょう」


 両手で組みつき友梨那の動きを封じ、悪魔システィーナは離れないし離さない。

 彼女が浮かべる恍惚と愉悦の表情が友梨那にはますます、恐ろしく見えた。


「強制ディープチッス♡」


 無理矢理にでも交わし合う……!

 自宅の中の小さきフィールドに築き上げた根城の中で、気を失った友梨那の目の前は真っ暗だ。


「起きろ〜」


 しかし、だ。

 夜を支配すると自負するシスティーナは、友梨那が眠ることを許さない。

 両親がいるかいないかは問わずに、彼女の精気あるいは魂を吸い取って喰らおうというのだ。

 この緊急事態を察して、友梨那の親兄弟が駆けつけたところで、彼らをも虜にし逆らえないように、または殺めてしまえばいいだけの話だ。

 困惑気味で、なおかつ不機嫌な彼女の表情を見て、嗜虐的に笑うとまた顔を近付けて圧をかける。


「やめてよ!? 触んないで!」


 無理矢理にでも退かして抜け出そうとするが、先ほどまでとは一転、システィーナは案外あっさりと友梨那を離す。

 好機と見て脱出を図ったが、それも悪魔による戯れで、上げて落とすような形式をとって、瞬間的に移動して眼前に立ち塞がり――そういうフリでしか無かった。


「知らなかったの? 大悪魔からは逃げられない。受け入れよ……」


「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダーッ! 誰か助けてエエエエエ、ママ〜〜〜〜ッ」


「うるせーなあ〜〜〜〜〜〜ッ」


 再びベッドの上へと友梨那を追いやりのしかかると、システィーナは艶かしく顔を撫でてから更にもてあそぼうとする。

 そのためならば、口汚くなじることも厭わない。

 手段を選ばぬ大悪魔の次なる一手は、どのように美しくも残酷なのか。


「もう何をしたって無駄なんだからサ……」


 少しばかりの狂気が垣間見られる笑みを浮かべ、哀れなる人の子を追い込まんとしたその前に。


「おやぁ……」


 苦しみに喘ぐ友梨那からわずかに漏れ出た黒々と光るエネルギーを見て、大悪魔は一抹の不安と焦りを覚えた。


「こんなことってあるかあ? ありえるかあ……」


「なんの話……」


 互いに困惑し出して空気が変わったその時、友梨那の体がうずく。

 システィーナと名乗った彼女のほうから、魔力を流し込まれたように感じた今なら、自分にも人ならざる者の証が生えてしまいそうだ――。

 そう思ってしまったのだ。


「Oh. my god……?」


「悪魔がそれ言う!?」


 むずがゆそうにする友梨那から尻尾が生えてきたのを目撃し、システィーナは魔界流のジョーク的なことをつぶやく。

 ネガティブなことを考え出したら、それが現実となってしまった形だ。

 頭を抱え出した彼女を見て察した女悪魔だが、そうしたいのはこっちだと言いたげな顔をして苛立つ。


「か、かゆみで済んでよかったわね。激痛よりはマシでしょう」


 一対の黒くて立派な角まで生え、背中をかきむしろうとしたがシスティーナに押さえつけられているために届かない。

 ということは……。


「ウイングまで出来ちゃったね。お、おめでと。あたしもこんなケースはじめてだなー? なんでかな、なんでだろー?」


 システィーナがおどけているのは、煽るためではない。

 そんなつもりで友梨那を襲ったわけではなかったからだ。角に加えてコウモリじみた翼、スペード型の尻尾もあり、システィーナの手違いかあるいは作為的なものか、たった今をもって、友梨那は人ならざる者に変身してしまった。

 おまけに自慢の髪までハニーブロンドに変わってしまったではないか!

 この世の終わりのような、そんな顔をしている友梨那を見て嘲笑おうと――したシスティーナだったが、彼女にはできない。

 悪魔ならばそうしたほうが自然ではあったのに。


「友梨那ァ〜? まだ起きてるの? あなたさっきからなに騒いで……」


 その時!

 突然の衝撃から大悪魔・システィーナと少女・友梨那の表情が凍り付いた。

 互いがそれぞれの人生の中でこれまでに体験してきた、いかなる恐怖をも上回るほどだ……。


「ママッ!!!!」


「え!?」


「どちら様!? コスプレの人? 男の子連れ込んだんじゃなかったの……。それに友梨那もコスプレ始めたの!?」


 様子を見にきてくれた母親に友梨那が助けを求め、システィーナはひどく動揺。

 油断した隙を突かれて、友梨那から勢いよく払い除けられベッドから床に転げ落ちた。

 拒絶されたのだろう、無理もあるまい。

 グラマラスな美女だろうと襲ってきたのなら――。


「いったいわね……!」


 思わず、システィーナは二度見した。

 友梨那も、その母もだ。

 これしきの事でケガをするような女悪魔システィーナではないが、親子からは心配された。


「あたしがコスプレイヤーに見えるのか! それに、いつ親フラなんか立ててたのよ! 一人暮らししてるんじゃなかったの!?」


「それだけ元気そうならよかった。でも、うちの友梨那を襲ったことは許さない。警察の方にも当然ッ! 来てもらいますからね」


 言い返すも言いくるめられ、返す言葉も見つからない。

 見た目は友梨那が順当に歳を重ねた風な、普通の主婦ながらも美人妻でもあったのに、システィーナは相手に対し自身や両親に勝るとも劣らぬ威圧感を覚えた。


「ほ、ホントなら親子仲良く殺してあげるところだったけど? 今夜のあたしは淑女的なの。運が良かったわね。じゃあな、あたしより遅れて生まれただけの凡婦! さよなら!」


 ひどく動揺した様子を見せながらも、システィーナは転移魔法を使ってエスケープした。

 彼女のとった選択は戦略的撤退であり、決しておじけ付き尻尾を巻いて逃げ出したとかではない。


「なん……だったの……」


「いやいや。お母さんに聞かれても……」


 友梨那と母親は首を傾げ、前者は己の変化を嘆き戸惑いながらも、2時間眠った。

 ――そして、先ほど大悪魔に乱暴されたことを思い出し、泣いた。

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