はにかみ屋のニッカと怠け癖のポッカ
はにかみやのニッカは悩んでいました。人前で話そうとすると、恥ずかしくてすぐに顔が真っ赤っかになってしまうのです。
家に一人でいるときは大丈夫なんですよ。外に出たって、黙っておすまししていれば平気なんです。
でも、いざ人前で話をし始めると、どんなにおすまししようとしても、まるで顔の中心でたき火でもしているかのように熱くなって、すぐに真っ赤になるんです。
おすまししようとすればするほど、真っ赤になるので、今度は逆にいないいないばあのときの顔をしてみました。
けれどやっぱり真っ赤っかになってしまいます。ニッカがどんなことをしてみても、ニッカの中に住み着いているはにかみが、すぐにやって来て、顔を真っ赤にさせてしまうのでした。
「ああ、困ったな。これじゃ一生ぼくは誰とも話が出来ないぞ。話が出来なきゃ友達も出来ないし、ずっと一人ぼっちなのは寂しいな」
ある日、ニッカは村のマーケットを通りがかりました。そこでは、銀で出来たスプーンやら、スパムが入ったカレーやら、白いきれいな前かけなど、色んなものが売られていました。それを見たニッカは、あるアイデアを思いつきました。
「そうだ。ぼくはここで自分のはにかみを売ってしまおう。きっと誰か買ってくれる人がいるさ」
こうしてニッカは、お店を出したのです。はにかみやのニッカは、はにかみ屋になりました。
ところが、何日経っても、ニッカのはにかみはちっとも売れませんでした。というのも、せっかくお客さんが来ても、ニッカは恥ずかしくなって、まともに話すことが出来なかったからです。
「やあ、ニッカ。今日は冷えるね。ちょっとそのはにかみを見せてくれないかな」
「こ、こ、こ、こ、こんにちは」
ニッカの顔は、もう真っ赤です。
「ほう、暖かそうなはにかみだね。こんな日にはちょうどいいかな」
おや?この人は、はにかみを買ってくれるのかな?
「そ、そそ、ど、どど、どど」
ニッカは言葉に詰まってしまいます。汗がダラダラ出てきて、シャツがグッショリと濡れてしまいました。
ここでちゃんとはにかみの良さをアピールできると良かったんですよ。でも、真っ赤になってうつむいているニッカを見て、このお客さんも買う気が失せてしまったようです。
「やっぱり、僕には必要ないかな。よくわからないものを買うわけにもいかないしね。誰か他の人に売ってあげてよ」
と言って、その人はどこかに行ってしまいました。
「はあ。どうしてぼくは、こうなってしまうのかな。せっかくはにかみ屋になったっていうのに、これじゃあ、いつまでたっても売れないぞ」
ニッカが落ち込んでいると、怠け癖のポッカがやってきました。
「あ、ニッカくんじゃないの。ふうん、あなたのはにかみを売っているのね。そうだ、ポッカちゃん、いいこと思いついちゃった。あたしにも売りたいものがあるのよ。でも、自分でお店を出すのは面倒くさいし、ここで一緒に売らせてよね」
「あ、な、な、な・・・」
何を売るのかと聞きたかったのですけど、女の子のポッカが隣に来たものですから、ニッカはいつもにも増して恥ずかしくなってしまいました。
「あたしね、あたしに取り憑いた貧乏神を売っちゃいたいのよ」
見ると、それはそれは立派な貧乏神が憑いていました。といっても貧乏神ですので、立派であればあるほどみすぼらしいのですが。
「あたしもね、お金持ちになってとっとと貧乏神とオサラバしちゃいたいんだけど、この子がいるせいで玉の輿にも行けないのよね。こんな美人で気さくなポッカちゃんがお金持ちと結婚出来ないなんて不公平じゃない?というわけで、ニッカくんお願いね。ここは直射日光が当たるから、あたしは奥に引っ込んでる」
と言って、ポッカは店の奥で爪の手入れをし始めました。
(ポッカに貧乏神が憑いているのは、怠け癖のせいじゃないかなあ)
とニッカは思いましたが、恥ずかしくて口には出せませんでした。
こういうわけで、ニッカは、はにかみと貧乏神を売ることになりました。
ところが、いつまでたっても、どちらも売れませんでした。二人は、毎日マーケットにやって来て、夜になるまで店を開いていましたが、とんと売れる気配はありません。
「あ〜ん、今日も貧乏神売れなかったぁ。ねえ、ニッカくん。なんで売れないのかしらね」
「多分、値段が高すぎるんじゃないのかな。もっと安くしてみたらどうかな」
気さくなポッカと毎日一緒にいたので、ニッカはポッカに対しては普通に話せるようになっていました。
「え〜。これ以上、安くしたら、あたしお金持ちになれないよぉ」
「でも、貧乏神に100万円は高いと思うな」
「え〜、そうかなぁ?でも、ニッカくんがそう言うなら、もう少し安くしてみよっかな」
そこでポッカは、貧乏神の売値を下げました。でも、半額にしても、半額の半額にしても、貧乏神はちっとも売れませんでした。
「もう、こうなったら赤字覚悟よ。これならどう?」
ポッカは思い切って、貧乏神にマイナス100円の値段を付けました。マイナスということは、もし貧乏神を買ってくれる人がいたら、ポッカがその人に100円払わなくてはいけません。
ところが、それでも貧乏神は売れませんでした。
「もう、あたしが100円払うって言ってるのにぃ〜。な〜んか、やんなっちゃった。ニッカくん、お店をお願いね」
と言って、ポッカはどこかに行ってしまいました。
しばらくすると、ポッカはたくさんのキラキラしたものを持って戻ってきました。
「ねえ、ニッカくん、あたしさっきそこでいいこと聞いちゃったのよ。貧乏神ってね、キラキラしたものが苦手なんだって。だからこのキラキラしたものでお店を飾りつければ、貧乏神も居心地が悪くなって逃げ出すんじゃない?」
「それはいいアイデアだね。でも、そんなにたくさんのキラキラしたもの、どこで手に入れたの?」
ニッカの目には、それはとてもとても高そうに見えました。
「マーケットのお店で売ってたわよ。全財産使い果たしちゃったけど、思い切って買っちゃった」
(そんなことするから、お金がたまらないんじゃないのかな)
とニッカは思いましたが、それを口にするには、まだ恥ずかしさがありました。
そんなニッカの思いとは関係なく、ポッカはふんふんと鼻歌を歌いながら、お店をキラキラしたもので飾りました。ニッカにとっては、キラキラしすぎて眩しいぐらいでした。
それから何日か経ちました。しかし、相変わらずはにかみも貧乏神も売れませんでした。
「あーん、なんで売れないのかしらね。こんなにキラキラしてるのになぁ」
と、ポッカは不満を口にしました。
「お嬢さん、お困りのご様子ですね」
と、声がしました。
見ると、一人の男の人が店の前に立っていました。
「わたくしは頑張り屋のバリーと申します。どうやら品物が売れなくて困っておられるようですな」
「そうよ。あたしは早く貧乏神を売っちゃいたいんだけど、誰も買う人がいなくて困ってるのよ。あたしが100円払うっていうのに」
「おやおや。売り物は貧乏神でしたか。いやはや、こんな美人のお嬢さんに貧乏神とは、似合いませんな。ところでお嬢さん、売れないのは、どうしてだとお思いですかな」
「どうしてかしら?ポッカちゃん美人なのに」
とポッカはニッカの方を見ていいました。
「ぼく知らないよ」
とニッカは困ったようにいいました。
「これはあくまで一般的な話ですが、何かに対しては、全てなんらかの原因があるものです。一般的には」
と頑張り屋のバリーは身を乗り出していいました。
「まあ、一般的に言って一般的にはそうね」
「つまり、この場合、要するに貧乏神が売れないという場合、そこにはなんらかの原因があるわけです」
「ふんふん。それで?あなたはその原因を知っているのかしら?」
「左様でございます、お嬢さん。わたくしは街から街へ、村から村へと商売して回り、何人もの成功している人を見て来ました。そして、その人たちには、ある共通するものがあることを発見したのです!」
バリーの鼻息が荒くなりました。ニッカは、この人胡散臭いな、と思いましたが、ポッカは興味を持ったみたいでした。
「それは何かしら?早く教えて」
「ズバリ言いましょう。それは頑張りなのです。成功している人たちは、皆一様に頑張りがあるのです!」
「え〜。あたし頑張るのヤダな」
「そこでです、お嬢さん!頑張るのが苦手な人でも頑張れるように、わたくしは頑張りをお売りしているのです!」
「え、じゃあ、あたしでも頑張れるってこと?」
「その通りです、お嬢さん!通常でしたら、一つ100万円ですが、今日のところは、わたくしもすぐに遠くの街に行かなくてはなりません。ですから、特別に1万円でお売りしましょう!」
「うわ、安い。ねえねえ、ニッカくん。お願い、1万円貸してよ。これで貧乏神が出て行くんだから安いもんよ。1万円ぐらい、すぐに返せると思う」
ニッカは渋々お金を貸しました。頑張り屋のバリーは1万円受け取ると、すぐに遠くの街に行ってしまいました。
「ニッカくん、良かったね。これで貧乏神が売れるね」
とポッカは嬉しそうでしたが、ニッカは浮かない表情でした。
「ああ、心配しないで。はにかみだってきっと売れるよ。あたしだって頑張っちゃう。だから一緒に頑張ろうね」
それを聞いてニッカは安心しました。自分だけ頑張らなくてはいけないかと思っていたのです。怠け癖のポッカが珍しく頑張るようだったので、ニッカも頑張ろうと思いました。
それから二人は本当によく頑張りました。ニッカは真っ赤になってしどろもどろになりながらも、一生懸命はにかみを売ろうとしました。ポッカもキラキラの飾り付けを工夫したり、上手く話が出来ないニッカに変わって、はにかみの良さをアピールしてくれました。
二人は朝一番にマーケットにやって来て、夜は一番遅くまで店を開いていました。
しかし、それでも、はにかみも貧乏神も売れませんでした。
そんなある日のことです。
「あ〜、疲れちゃった。ねえ、ニッカくん。あたしもう限界」
「ぼくも疲れたな。なんだかもう、このままお店を続けるのが嫌になっちゃった」
ニッカはもう、この頃にはポッカと話をするのが苦手ではなくなっていました。
「うん、うん。あたしも嫌になっちゃった。なんかもう、どうでもいいって感じ。このまま貧乏神が憑いてたっていいかって気持ちになってきた」
「うん。君はよく頑張ったと思うよ」
「ほんと〜?あたし、自分が怠け者だから貧乏神が憑いてるのかなって、実は思ってたんだ。なんか他の人が頑張っているのを見て、なんであたしは同じことが出来ないんだろうって、ずっと思ってたんだよ。あたしでも頑張れたかな?あ、でもそれって、頑張り屋さんから頑張りを買ったせいよね」
「そうかな。頑張りを買う以前から、君は頑張ってたと思うよ。このキラキラだって、君が飾り付けたじゃないか。それに、ぼくは君が一緒じゃなかったら、もっと早くに諦めていたと思うな」
おや、と思ってポッカはニッカの顔を見ました。ニッカはいたって真剣な表情でした。
「じゃあ、あたしってこのままでいいのかな。無理して頑張らなくても、貧乏神を売らなくても」
「うん。君はそのままでいいよ。美人で気さくだし。ぼくはもうちょっとお店を続けてみるよ。頑張り過ぎない程度に頑張ってみる」
「ニッカくんも、そのままでいいよ」
「それは困るよ。はにかみのままだと、友達も出来ないもん」
ポッカはクスクスと笑いました。
「ニッカくん、全然はにかみなんかじゃないよ。だってさっきから、すっごく恥ずかしいこと言ってるよ」
「え、そうかな。でも、未だにお客さんとはうまく喋れないし」
「それは、お店をやることがニッカくんに向いてないからだよ。この美人のポッカちゃんとも恥ずかしがらずに喋れるんだから、大したもんよ」
「君と話をするのは緊張しないな。それは少し前から思ってたけど」
「でしょ、でしょ?だったら、あたしたち、こんなところで売れないもの売ってないで、向こうに行ってお茶しましょ。その方がずっと楽しいわよ。ね、ニッカくんは、どんなお茶が好きなの?」
「えっと、ミントかジンジャーかな」
「ほんと?あたし、ジンジャーのお茶っ葉持ってるよ」
二人はお店を後にして、一緒にポッカの家に行きました。二人が去った後には、所在なさげな貧乏神が佇んでいました。
「困ったな。あんな風に自分の欠点を認められると、心が丸くなって引っかかるところがないな。貧乏神は不足があって欲深な魂にしか取り憑けないからな」
そこに例の頑張り屋のバリーがやって来ました。遠くの街での商売がうまくいかなくて帰って来たのです。バリーは貧乏神を見てしめしめと思いました。これは幸運。一つこの人に売りつけてやろう。
「おやおや、そこな紳士のお方、さぞやお困りの様子ですね・・・」
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