童話集①

斯波 楽

海賊水がこわい

 あるところに海賊がいました。

 目には眼帯、手には鉤爪をつけた、海賊です。

 でも、どちらも偽物です。

 それがないと、かっこつかないからです。

 海賊はとても大きな船に乗っています。

 海に落っこちて、溺れる心配がないからです。

 海賊は泳げません。

 水が怖いのです。

 だから、お風呂にも入りません。

 お風呂に入らないと、お母さんに叱られます。

 それが嫌で海賊になったのです。

 でも、子分たちは、みんなきれい好きです。

「親分、お風呂に入ってくれないと、困ります」

「海賊は風呂になんか入らなくてもいいのだ」

「海の潮でベタベタします」

「なめればいい」

「汗をかいてベタベタします」

「そのうち雨が降る」

「雨も水です」

「おお、それは怖い」

 雨よりはマシだと、海賊は、渋々お風呂に入ることにしました。

 眼帯と鉤爪をはずして、ガラガラッとお風呂のドアを開けると、誰かが先に入っています。

「おれの風呂に入ってるやつは誰だ?」

 相手は後ろを向いています。

 海賊は肩に手をかけました。

「おいってば」

「う、ら、め、し、や〜」

 振り向いたのは、のっぺらぼう。

「ちょうどいい。おまえ、一緒に入ってくれないか」

「ぼくのこと、怖くないの?」

「おばけが怖くて海賊ができるか」

「なあ〜んだ、がっかり」

 のっぺらぼうは、お風呂を出ていきました。

「あ、待ってくれ。ひとりにしないでくれ」

 お風呂の中でひとりぼっち。

 海賊にとって、これほど怖いことはありません。

 すると、ザバザバザバァッと、お湯の中から大きな亀が出てきました。

「ありがとうございます。おばけが怖くて、水の中に隠れていたんです。お礼に竜宮城にご招待します」

「嫌だ。竜宮城は水の中だ。そんな怖いところにはいけない」

「そこをなんとか。乙姫さまもお待ちです」

「絶対に嫌だ」

「竜宮城に行かないと、汗でベタベタします」

 亀はガバァッと口を開けて、海賊を飲み込んでしまいました。

 着いたのは、竜宮城。

 きれいなドレスの乙姫さまと、タイやヒラメが舞い踊っています。

「なんだ、竜宮城ってのは、亀のお腹の中にあったんだな」

 乙姫さまは、スカートの裾をチョイとつまんで、恭しくお辞儀をしました。

「おいでくださいまして、ようこそだわ。わたし、いっぺんでいいから、本物の海賊を見てみたくて、海の底に住んでいたのよ」

「早く帰してくれ。おれは水が怖いんだ」

「まあ、大変ですこと。それなら、玉手箱を差し上げるわ」

 と、小さな小さな箱をくれました。

「こんなもの、いらん。じいさんになってしまう」

 と、返そうとしましたが、乙姫さまは蓋を開けてしまいました。

 モクモクモクと煙が出てきて、まわりが見えなくなりました。

「決して、箱を閉めてはなりませぬ、ですわよ」

 遠くで乙姫さまの声がしました。

 海賊がようやく目を開けられるようになると、そこは砂漠の真ん中でした。

「うえー、暑い。誰か水をくれ。喉が渇いてたまらん」

 すると、空がたちまちかき曇り、雨雲がたちこめて、真っ暗になりました。

「こりゃありがたい。雨だ」

 ところが、降ってきたのは雨ではなく、アリでした。

 黒い雨雲に見えたのは、アリの大群だったのです。

 アリは、激しく降って、瞬く間に砂漠を覆い尽くしました。

 アリたちは、地面に落ちると、先を争うようにして、玉手箱の中に入っていきました。

「うへえ、こりゃたまらん。水はどこにいったんだ」

「君は水が怖いって、いってたじゃないか」

 一匹のアリが立ち止まっていいました。

「飲むのは平気なんだ」

「君は亀に飲まれたんだよ」

 というと、アリは玉手箱に入りました。

「こんなものがあるからいけないんだ」

 海賊は玉手箱の蓋を閉めました。

 すると、箱に入りきらなかったアリたちが、全部水滴に変わりました。

 たちまち砂漠は海になって、海賊は溺れそうになりました。

「アップアップ。助けてくれ。水を飲んでしまう」

「大丈夫よ。のっぺらぼうには、鼻も口もないんだから、水は飲まないわ」

 と、乙姫さまの声が聞こえました。

 見ると、乙姫さまはのっぺらぼうでした。

「え、じゃあ、どうして君は喋れるんだ?」

「そ、それは、秘密ですわよ」

 乙姫さまは、向こうを向いてしまいました。

「待ってくれ」

 海賊は乙姫さまの肩に手をかけました。

 振り向いた乙姫さまの顔には、目や鼻や口が。

「見〜た〜な〜」

「うわぁ、で、出た!助けてくれ〜」

 そのとき、ガラガラッとドアが開いて、子分たちが入ってきました。

「親分、大丈夫ですか!?」

 気がつくと、そこはお風呂の中でした。

「親分、ちゃんとひとりでお風呂に入れたじゃないですか」

「も、もう二度と、風呂には入らないぞ」

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