学校では完璧超人の神志名さんは家では超だらしない!
エリザベス
第1話 家ではだらしない神志名さん
―――きっかけは些細なものだった。
体調不良で欠席した神志名さんに、プリントを届けるように先生に頼まれた。
いつも成績は学年トップで、二年生にして弓道部主将を務めている。
ふっくらとした涙袋とばっちりな二重のまぶたは瞳を優しく挟み込んでおり、小さな唇は顔をなぞるように縁取る。
不健康なまでに白い肌は血が通っていないかのように思われたし、華奢な体なのに足は細くすらりとしている。
あまりにも常人から離れたその容姿は彼女の振る舞いと相まって、いつしか神志名さんは完璧超人にして、学校一の美少女と呼ばれるようになった。
俺、
成績もスポーツも上の下で、平均よりやや高いという程度だった。
人見知りなせいもあって、交友関係はよく言えばクラスメイトは全員同級生以上友達未満、悪く言えば友達らしい友達はいない。
おまけに帰宅部。そんな俺は自分から神志名さんと比べるのをやめた。
もちろん、神志名さんみたいな美少女と付き合ってみたい欲はある。
誰にでもある、生まれてきたからには、というやつだ。
ただ、中学生の時に好きな子に三回告白して三回振られた時点で、自分のことを客観視するようになった。
だから、そういう高望みを実行しようなんて気はもう起きなかった。
もちろん、そんな神志名さんと俺との接点と言えば、クラスメイトで席が隣なのを除けばないに等しい。
消しゴムを落とした時に彼女が拾ってくれたくらいだろう。
そんな接点とも呼べぬ接点に俺が思わずドキドキしていたことから、神志名さんの可愛さは想像できよう。
きっと、これ以上俺と神志名さんの接点は減ることがあっても、増えることがない。
想像してごらん?
井の中の蛙と白鳥、住む世界そのものが違うのだから、交わることはない。
まあ、井の中の蛙というのは本来の意味から外れるが。
そんな俺が、今神志名さんにプリントを届けに行くわけだ。
完璧超人も風邪を引くもんだなと少し驚いた。
バカは風邪を引かないと言うが、完璧超人も風邪を引かないものだとなんとなくそう思っていた。
両者は同じように見えて本質は決定的に違うのだが、この際は割とどうでもいい。
先生に渡された神志名さんの住所が書かれてるメモを手に、坂を登っていく。
夏だからか、汗が体に滲んでいく。ネバネバしてて少し気持ち悪い。
美少女の家に行けるんだからこれくらいは我慢しなよなんて言わせない。
なぜなら、別に神志名さんの家に行ったからと言って何か進展があるわけではない。
むしろ、そのうち神志名さんにそのことを忘れられて、いつも通りに接してくることのほうが苦痛である。
いや、そもそも会話がないのだから、接するもなにもないのだけど。
こんな苦行に俺が選ばれたのは、大した理由ではない。
帰宅部だから、ちょうどいいといったところか。
部活がないから、頼みやすいのもあるだろう。
幸い、先生に話しかけられた時は教室にほかの生徒はもういなかった。
もしほかの男子に聞かれていたら、きっと羨望と憤怒のまなざしを向けられていただろう。
部活も頑張ってないやつが……ってヒソヒソ言われていたと思う。
そんなことを考えながら、一軒のアパートが視界に入ってきた。
新築だろうか、わりと小綺麗な感じの建物だった。
そこの103号室のインターホンを押してしばらく待つ。
正直、神志名さんは一軒家に住んでいるイメージだった。
特に理由はないのだが、なんとなくお嬢様なのだろうという印象を、俺は神志名さんに抱いていた。
―――ふとそんなことを思った時のことだった。
「だれぇ?」
ドアを開けて、眠そうな目を擦りながら一人の女の子が部屋から出てきた。
寝ていたのだろうか、ピンクのキャミソールに白い短パンというラフな格好だった。
キャミソールの紐は片方が肩から落ちていて、だらしないという言葉が真っ先に脳内に浮かんだ。
「か、神志名さん……?」
だから、俺が目の前の少女が神志名さんだと認識するまでかなり時間を要した。
「真宮くん……?」
目を大きくしてぼーっと俺を見つめてから、確認するように神志名さんは俺の名前を呼んだ。
「なんで閉めるんだ!?」
かと思いきや、神志名さんはものすごい速さでドアを閉めようとした。
何となくドアを掴んでしまって、彼女に問いかける。
まさか、神志名さんの家に来て、縄引きならぬドア引きをする羽目になるとは正直思いもしなかった。
「帰って! 帰ってよぉ!」
「いや、プリント……!!」
馬鹿の一つ覚えみたいに、神志名さんは「帰って」って叫んでいた。
なんとかして神志名さんにプリントを渡そうと思っている俺はドアを引きながら必死に声を絞り出した。
ただ、神志名さんが弓道をやっているとはいえ、やはり俺の方が力強かったのか、気づいたら彼女のほうから倒れ込んできた。
つられて後ろに倒れ込んだ俺の胸に柔らかい感触がした。
「つ、つけてないの?」
正直、なんでこんなことを聞いたのか自分でも分からない。
初めて女の子と密着したショックで、俺は真っ当な思考力を失っていた。
「ひぃ……!」
俺の言葉で状況を理解したのか、神志名さんは急に悲鳴を上げて、自分の体を抱きしめた。
「この変態っ!!」
パァンと、自分の頬から鋭い音がした。
それからじわりと熱くなっていくのを感じる。
「ごめ……」
すぐに謝ろうとしたけど、目の前に広がってる神志名さんの部屋の惨状に思わず口を噤んでしまった。
―――そう、神志名さんの部屋はすごく汚かったのだ。
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