43.変わらない姿

「はぁ〜、やっぱりユウマさんの作る食事は美味しいですねぇ」


「あぁ、間違いないな。私なんてこのチョコバーを食べたら、なんでもできそうなくらい力が湧いてくるぞ」


 夜、リズベットとティステは、夕食として勇馬の出した牛丼のミリ飯を、終始幸せそうな顔で平らげた。その後のデザートのチョコバーも当然完食し、日々の鍛錬に比べると、昼も夜も勇馬からおいしいものを与えられた彼女達は実に充実した1日を送っているといえた。


「隊長! これからもずっとユウマさんのお傍にいましょうっ」


「リズ、お前なぁ……だが、まあ我々護衛隊はユウマ殿とともにいることが役目ともいえるからな。あながちそれも間違いではないか?」


「なんなら本当に一緒に……」


「えぇ……」


 冗談めかしてリズベットは言っていたが、勇馬には若干目が本気に見え、改めて食の強さというものを思い知った。


「だ、ダメですよ! そんなことで決めちゃダメです!」


「リナの言う通りだぞ。冗談を言ってあまりユウマ殿に迷惑を掛けちゃいかん」


「ちぇー、じゃあユウマさんはどんな女の子が好みなんですかぁ?」


「え、好み?」


 勇馬は、リズベットから思わぬ質問を投げかけられた。


「そうそう、フィーレ様みたいなお嬢様? それともルティーナ様みたいな明るい子ですか? はたまた莉奈ちゃんみたいな守ってあげたくなる感じか、隊長みたいな強い女……それとも、私?」


「お前が私のことをどう見ているかがよーくわかったぞ」


 ティステの鋭い眼光も、リズベットにはどうやら効いていないようだった。


「うーん、1つ言えることがあるけど……」


「お、なんですかなんですか!?」


「みんな俺と歳が離れてるんだよねぇ……」


「「え?」」


 勇馬がそう言うと、ティステとリズベットから疑問の声が上がった。


「歳って……ユウマ殿はいくつなんだ?」


「あ、そういえば言ってなかったっけ。30歳になったばっかりだよ」


「30!? もっと若く見えたが……そうか、レオン兄様よりも年上だったのか」


「でも、それくらいだったら年齢差としては別に不思議じゃないですけどねー」


「え、マジで? だって俺の国だったら莉奈くらいの歳は子供扱いだから、手なんて出そうもんなら捕まっちゃうぞ。なぁ、莉奈」


「確かにそれはそうですね。私は16なので成人じゃないんです。こっちの国ではいくつから成人なんですか?」


「15歳からだから、フィーレ様は成人しているぞ。ルティーナ様は来年成人だ」


「早っ、どうりでフィーレはしっかりしているわけだ……」


 15にしては大人の勇馬から見ても落ち着いていたフィーレだが、この世界の成人を迎える速度を考えればそれが普通なのかもしれない。とはいえ、1つ違うだけのルティーナとは少し精神的な差があるようにも思えたが。


「そりゃあ、フィーレ様は領主様の娘で、伯爵令嬢という貴族ですからねぇ。あ、でもよく考えたら隊長も貴族でしたね!」


「お前そろそろ拳で躾けるぞ?」


(そういえばティステさんも貴族だったな。リズさんじゃないけど、普段の格好が格好だから、フィーレ達とはちょっと雰囲気が違うんだよな)


 握り拳を作るティステに、リズベットは「ひいぃ、やめてくださいぃ!」と情けない声を出して頭を手で守っていた。


「そ、それで、勇馬さんはどういう子がタイプなんですか? ……年齢とか抜きで」


 莉奈が伏し目がちに勇馬に尋ねてくる。


「え? んー、そうだなぁ……こうっていうタイプがはっきりとあるわけじゃないんだけど――」


「「「けど?」」」


 さっきまでじゃれ合っていたティステとリズベットも、いつの間にか真剣な顔で勇馬のほうを見ていた。


「いやそんな真面目な顔で聞かなくても……まぁ、一緒にいて安心するとか落ち着くとか、楽しいとか、その時が幸せに思えるような子がいいかな?」


「なんか抽象的です……」


「うむ、もっとハッキリしたものはないのか?」


「そうですよ、顔が可愛いとか尽くしてくれるとか」


「えー……そう言われてもなぁ」


 正直、勇馬にはそこまでタイプというものが思い浮かばなかった。しいて言えば『好きになった人がタイプ』みたいな感じかもしれないが、彼女達がそれで満足することはなさそうに見えた。


「まぁそんなことよりも、これからが本番なんだし話をちゃんと詰めよう」


「……逃げましたね」


「あぁ、莉奈に同意だ」


「同じく」


 3人からジト目で見られてタジタジしつつも、勇馬は話を続ける。


「えーと、畑の周囲に『鳴子』を仕掛けてくれたから、その音が聞こえたら起きて対処するって流れで問題ないか?」


『鳴子』とは、木の板と木片がセットになったもので、それが揺れると2つが当たって音を鳴らすようになっている道具だ。

 今回ティステ達には、まだ荒らされていない畑の周りに杭を立てて縄を張り、そこに鳴子を取り付けてもらったのだ。

 ヘビーボアが畑に侵入しようとすれば、身体が縄に触れることによってそれが音を立てるため、勇馬達が気づくという仕組みだ。


「うむ、それで問題ないだろう。相手は人ではなく魔物だ。音が鳴ったくらいでは逃げないだろうしな」


「そっか。それなら早めに休んだほうがいいかもな。いつ起こされるかわからないし」


「そうですね。肝心な時に眠くて動けないなんてマズいですし……」


「だねー。お腹もいっぱいになったし、ユウマさんのお話だけ消化不良だけど……まぁ今回はこれでよしとしときましょう!」


 リズベットに同調するように「うんうん」と頷く莉奈とティステ、それを見た勇馬は「女の子は恋バナがほんとに好きなんだなぁ」と思うのだった。



 ◆◇◆



 カンカンカンッ!!


「――っ!」


 外から聞こえた乾いた音で、勇馬は目を覚ました。寝ていたとはいえ、寝る直前まで意識していたせいか、思ったよりはすぐに反応することができた。


「――来たな」


「ん……」


 横を見ると、ティステと莉奈も起きたようだった。

 だが――、


「おい、リズ。ヘビーボアが来たぞ。……おいっ、リズ!」


「すぴー、すぴー」


 リズベットには、ティステの呼びかけもまったく届いていないようだった。


「くっ、ダメだ……ユウマ殿、リナ、すまないがこのアホを叩き起こすから、先に行っててくれるか?」


「わかった」


「はい!」


 勇馬と莉奈は2人を残して外へ出た。

 すると、畑には「フゴフゴ」しながら作物を食べている大きな影がいくつもあった。


「1、2、3……全部で10体もいるな。あれだけの大きさだ、外すことはないだろうけど、サプレッサーを付けてるとはいえ、発射音の大きさで逃げるかもしれないな。なるべく早く倒そう。俺が照らすから、莉奈が狙ってくれ。いけるか?」


「はい、わかりました!」


 莉奈はその場に伏せて、射撃姿勢をとる。

 もちろん勇馬も89式小銃を『収納ボックス』から『召喚』し、撃ち漏らしがないように構える。

 10体程度なら2人で問題なく倒せると思うのだが、ティステから聞いていた話ではグレーボアは防御力が高く、並の剣では歯が立たないらしい。

 勇馬の5.56×45mmでは開けられない風穴も、莉奈の持つM24から発射される7.62×51mmならばきっと可能だろう。


「ライト付けるぞ!」


「はい!」


 パッと目の前に明かりが広がり、ヘビーボアが勇馬達を一斉に見る姿が照らしだされる。


 ――バァンッ!


 ヘビーボアが動き出すよりも早く、莉奈の構えるM24の銃口が火を吹いた。

 発射された弾丸はヘビーボアの頭を貫き、一瞬にしてをただの肉塊に変えてしまった。


 バァンッ! バァンッ!


 莉奈は慌てる様子もなく、冷静に次々と引き金を引いてヘビーボアを仕留めていく。

 残ったヘビーボアもようやく逃げ出そうとするも、


「おぉ、この様子なら俺の出番なんてなさそうだな」


 M24から音が発する度にヘビーボアがその場に倒れ伏していった。


「莉奈!」


 すると、最後の1体のヘビーボアが勇馬達に向かって走り出した。

 だが、


「あ!」


 ヘビーボアが倒れている仲間に引っ掛かりバランスを崩した。それはヘビーボアにとってとても運がよく、M24から発射された弾丸を躱す形になったのだった。


「勇馬さん! 弾が!」


「――!」


 莉奈の持つM24は10発装填のボックスマガジンとなっており、今撃ったのがちょうど10発目だったのだ。


 バババババッ――!!


 咄嗟に89式小銃を構えた勇馬は、フルオートでヘビーボアに弾丸を叩き込み、


 ドスンッ


 僅か数m手前で力尽きたのだった。


「あっぶねぇ……大丈夫だったか?」


「は、はい! 怖かったぁ……」


「ははっ、お疲れさん。最後はちょっと運が悪かったけど、そこまではパーフェクトだったぞ?」


「そうですか? えへへ……」


 勇馬が褒めると、莉奈は照れたように笑った。


「そういや2人とも結局来なかったな。とりあえず戻ろうか」


「そうですね」


 無事、役目を果たした勇馬と莉奈が家に戻ると、そこには疲れ切った顔をしたティステと、家を出る前となんら変わらない姿のリズベットが寝ているのだった。

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