38.同じ世界の人間

「えーと、この2人はは俺がお世話になってるキール伯爵の娘のフィーレとルティーナで、歳は水瀬さんと同じくらいかな?」


「初めまして、姉のフィーレと申します。歳は15歳で、ユウマのこともあって事情は知ってるので、心配なさらないでくださいね」


「妹のルティーナだよ! みんなはルティって呼んでくれるから、そう呼んでくれると嬉しいなっ。あ、年齢は14歳だよ!」


 勇馬が紹介すると、2人は元気よく挨拶した。

 第一印象というものはとても大切なもので、2人の気遣いもあって莉奈は少し安心する。


「それで、こちらは水瀬莉奈さん。俺と同じサバゲーマーで、たまに同じフィールドでプレイすることもあったんだ」


「み、水瀬莉奈です! えと、まだ全然わからないことだらけですが、保護していただいて本当にありがとうございます! あのままじゃきっと死んでいたので……あ、歳は16歳です。莉奈とどうぞ名前で呼んでください」


 莉奈は感謝の意を込めて深く頭を下げた。

 実際にグレートウルフを倒して助けてくれたのは勇馬だったが、この異世界という地で保護してくれた彼女達も莉奈にとっては命の恩人だ。


「それじゃ年上だけど、リナって呼んじゃおっ! えへへっ」


 ルティーナの壁を感じさせない接し方に、莉奈は自然と顔を綻ばせた。


「それじゃあ、自己紹介も終わったことだし、水瀬さんにこれまでのことを話そうか」


「あの……」


「ん? どうかした?」


「えと、坂本さんも、名前で呼んでいただいても全然私は気にしないというか、むしろそのほうがいいといいますか……!」


 莉奈は、自分で言っててだんだんと恥ずかしくなっていく。フィーレやルティーナの2人が名前呼びされているのが羨ましいと思ってしまい、自分もと欲が出てしまった。


「ああ、言われてみればそのほうがこの2人も親しみやすいかも。まぁ、ルティは既に少し打ち解けてそうだけどな」


「それがボクのいいところだからねぇ」


「コミュ力ってのは、いつの時代でも必要なスキルだしな。それじゃ、莉奈って呼ぶようにするから、俺のことも名前で呼んでよ」


「え!? な、名前ですか……?」


「そうそう、まぁ、嫌じゃなければだけど……」


「い、嫌じゃないです! じゃ、じゃあ……勇馬、さん……」


 みるみる顔を赤くしていく莉奈に、思わず勇馬は「これってセクハラになるのかな……」と考えてしまった。


「うん。それじゃあ、莉奈、俺がこの世界に来たときのことを――莉奈?」


「えへへ……」


 莉奈はにへらと相好を崩し、勇馬の呼びかける声は届いていないようだった。


「……フィーちゃん、ユウマは悪い男だね」


「そうね。ある種の才能があるわ」


「なんで!?」


 なぜか2人に責められてしまった。


「あ、すみません! ちょっと考え事を……! えっと、勇馬さんがこっちに来た時の話ですよね?」


「あ、うん、そうそう。俺がこっちに来たきっかけはサバゲー中に穴に落ちたからなんだけど、莉奈はどうだった?」


「あっ! それ私も同じです! いつもみたいにユミと一緒に勇馬さんのお友達の方の山でゲームに参加してたんです。そこでゾンビ男に至近距離で撃たれてバランスを崩したら穴に落ちちゃったんです」


「ゾンビ男?」


「はい。勇馬さんも以前ゲーム中にゾンビされて、注意していた男の人です」


「あぁっ、あのM16を使っていたおっさんか! といっても、俺もおっさんだから人のこと言えないけど」


 自分の非を認めないどころか、証拠がないことをいいことに挑発的な態度を繰り返し取ってきた男のことを、勇馬は思い出した。


「ゆ、勇馬さんは全然あんな人と違いますから!」


「そ、そう? ありがと、莉奈」


「へ!? いえっ、そんな……えへへ」


「はいはい、なんかいい雰囲気になってるところ悪いけどさ――ゾンビってなんなの?」


 では聞きなれない単語に、ルティーナはもっともな質問を勇馬に投げかけた。


「いい雰囲気ってのはよくわからんけど……まずゾンビっていうのはだな、死んだ人間が生き返る――いや、生き返ってはないのか? 元に生き返ったわけじゃないけど、死体のまま動き出したもののことを言うんだよ」


「死体なのに動くの? なんで?」


「それが分かれば苦労はしないんだよな。大抵の場合はそれ自身もテーマになってるんだけど……あ、先言っとくけどこれは作り話だからな? そういう創作物語に出てくる恐怖の存在としてゾンビが描かれてるんだよ」


「なるほど。では、その男の人は死んだのに動く……つまり、さばげーの中でやられたのにやられてない振りして続けていたってことですか?」


 フィーレは正確に勇馬達の言っている意味を理解していた。


「さっすがフィーレ、その通りだよ。だけど、その人――確か『園部そのべ』とかいう人は、質の悪いことにそれを絶対に認めなかったんだよなぁ。サバゲーって、お互いに決まり事を守るってことが前提としてあるから、それを覆して参加する人がいると一気に場が崩れるんだ」


「へー、でも確かに勝負ごとならそんな考えの人がきちゃうのもわからないではないかも」


「まぁ、所詮はゲームだからな。嘘ついてやってまで勝っても楽しくなんてないだろ? ってのがサバゲーだし、そういう人間性みたいなものも試されるんだよなぁ」


「奥が深いんだねぇ」


 ルティーナは勇馬の言ってる意味がわかったのか、感心したように頷いた。


「その時も私がヒットを取ったんですけど、急に怒り出して至近距離で乱射されて……」


「ひっどいことするなぁ。莉奈のM24は10禁銃だし、やられて悔しかったのかもしれないね」


「最低だね、そのソノベって男。そいつがこっちの世界に来てたら、ユウマがやっつけちゃうのにねっ」


「おいおい、やっつけちゃうって……俺はそんな物騒なことしないぞ? ……多分」


 こちらに来てからというものの、だいぶ物騒なことをしでかしまくっていたため、勇馬も大手を振って否定することは憚れた。


「つまり、そのゾンビ男のせいでリナさんがこちらに来てしまったということですね?」


「うん……」


「あの山には何かあるのかなぁ……」


 詳しいことは全然聞いていなかったが、同好会だった友人の祖父が所有する山だと聞かされていた。もしかしたら、歴史を遡れば何か見えてくるかもしれないとは思っても、今となっては調べる方法はない。


「まぁ、それは今は置いておこう。それで続きは……」


「はい、こちらに来てからは少し気を失ってたんですけど、目を覚ましてからは元のサバゲー仲間を探して歩き回ってたんです。でも、そのうちに山じゃないことに気付いて、持っていたM24が重くなってることにも気づいたんです」


「あー、気持ちはよくわかる、うん」


「……そしたら、いつの間にか巨大な獣が近くにいたんです」


「なるほど、そこで俺とティステさんが莉奈を見つけた場面に繋がるのか」


 ある程度予想はしていたが、勇馬は自身の転移したときと大体同じだと理解した。


「勇馬さんも、やっぱり持っていたウェポンにおかしなところがあったんですか?」


「そうだね、莉奈はまだ確認してないのかな?」


「はい、そのタイミングで襲われてしまったので……」


「そっか、ちょっと確認してみよう」


 勇馬はそう言って立ち上がり、部屋の隅に立てかけてあったM24を手に持って戻る。


(……まぁ、これは間違いないな)


「落ち着いて聞いてほしいんだけど、これは間違いなく本物だと思う。弾を見てみれば確実だから、見てもらっていい?」


「わ、わかりました」


 莉奈が装填されている弾を確認すると、それはいつものバイオBB弾ではなく、金色に輝く冷やりとする実弾だった。


「え、え? どうして??」


「莉奈、落ち着いて。これの説明はつかないけど、これまでのことを君に話すよ」


 聞いただけでは実感がなかったが、実際にに触れると、莉奈の中にある『恐れ』が膨らんできた。

 勇馬は莉奈を落ち着かせるため、自分がこの世界に転移し、莉奈と出会うまでの間にこれまで何があったのかを説明した。やはり勇馬の能力や戦争に関わってしたについては動揺していたが、勇馬達はゆっくりと時間をかけて説明していった。


「――そんなことがあったんですね……。あの、勇馬さん……大丈夫、ですか?」


 それは、彼女が勇馬と同じ日本人だからこそ出た言葉かもしれない。

 勇馬は優しく微笑みながら「大丈夫だよ」と返した。


「正直、俺もこの世界に来たばかりでよくわからないことだらけだけど、なんとか生きてくために頑張ってる途中なんだ。だから、同じ日本人の莉奈がいてくれたら心強いよ」


「勇馬さん……」


 もちろん、フィーレやルティーナ、ティステ達など、勇馬の助けになってくれる人達はたくさんいる。ただ、やはり『同じ世界の人間』ではないため、どうしても共有できない部分がでてきてしまう。その点、莉奈は同郷の上に同じサバゲー仲間だったことからも、勇馬としては彼女に会えたことは僥倖だった。


「私もどこまでお力になれるかわからないですけど、いつか戻れるその日まで頑張って生き抜こうと思います。だから、いろいろ教えてくださいね?」


「うん、わかる範囲のことならまかせてくれ」


 勇馬が莉奈にそう返すと、彼女の腹から「ぐぅ~」と可愛らしい音が漏れた。

 恥ずかしさで顔を真っ赤に染める彼女に、


「何も食べてませんもんね。食事にしましょう」


 と、フィーレが提案するのだった。

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