37.見知らぬ天井

「ん……んん……」


 莉奈は、眩しい朝の光を瞼に感じ、目を覚ました。その明るさは、もう1度寝てしまおうと思う気持ちを吹き飛ばしてしまうくらいに、強く莉奈の顔に降り注いでいた。


(そろそろ起きなきゃ……あれ?)


 そこでふと疑問に思う。

 昨夜、自分はどこで寝たのかと――。


(えと、昨日サバゲーをした、よね? それから……ううん、その時にゾンビ男のせいで穴に……)


 莉奈の頭の中で少しずつ思い出される光景に、少しずつ心臓の鼓動が早くなっていく。

 なぜなら、自分は大きな獣に襲われてからの記憶がないのだから。


(ここは……どこ?)


 意を決して開けた目に映ったのは、見慣れない天井だった。

 ただ1つ言えるのは、


「よかった……生きてるんだ……」


 少なくともあのまま死ぬことなく、誰かに助けられたということは理解した。

 では、ここはどこなのだろうと体を起こそうとすると、


「あっ、目を覚ましたよ、ルル!」


「うん。ルルはユウマ様を呼んでくるから、ララは見ててあげてね!」


「うん、わかった!」


 声のするほうを慌てて見ると、メイド姿をした2人の子供が、莉奈のほうを見ていた。

 1人は嬉しそうな様子で部屋を出ていき、残されたもう1人と目が合う。

 少し緊張したように笑顔を見せたその子供の頭には、


「……耳?」


 まるでコスプレのつけ耳のようなものが生えていた。だが、確実にそれと違うのは、莉奈の言葉に反応してピクピクと動いていたのだ。


「あの、ここは……あなたは……?」


「ええとですね、まずここはクレイオール伯爵様のお屋敷です! ララは……じゃなくて、私の名前はララと言います!」


「ララ、ちゃん……クレイオール伯爵って、ここって日本じゃないの?」


「ニホン?」


 莉奈の言っている意味がまるでわかっていないように、ララは右へ左へこてんこてんと首を傾げていた。

 その愛らしい姿は、莉奈が抱く心の不安を少し和らげてくれた。


「うん、私の生まれ育った国なんだけど、ここはなんていう国なのかな?」


「ここはエリアス王国といいますっ」


「エリアス王国……」


 それは、今まで生きてきた中で1度も聞いたことのない国の名前だった。

 そもそも、サバゲーをしていたのは日本の山の中で、ここが日本じゃないことがおかしいのだ。


(ていうか、あのと日本を知らない時点で……)


 莉奈は薄々感じていた。この世界が、元いた自分の世界と違うことに……。


(異世界転生……ううん、この場合は転移のほうかな。どっちにしても、とんでもないことになっちゃった……)


 目の前にいる愛らしい少女がいなければ、莉奈は取り乱していたかもしれない。


(落ち着いて……まずは、自分がどういう状況なのか確かめなきゃ)


 莉奈は、さらなる情報を手に入れるために、ララに話しかける。


「えっと、ララちゃん、私がどうしてここにいるのか教えてくれるかな?」


「はい! あの、お姉さんの名前は……」


「あ、そうだった。私は水瀬莉奈っていうの。莉奈が名前だよ」


「リナ様ですね! なんだかユウマ様と響きが似てますね」


「ユウマ様?」


 ララの出した名前に莉奈は、確かに同じ日本人っぽい響きだなと思えた。

 それに――、


(その名前、と同じだな)


 それはユミがいつも彼女をからかい、莉奈も知らず知らず好意を抱いている相手と同じ名前だった。


(でも、さすがにそれはないか)


 異世界に来ているだけでもとんでもない確率なのに、さらに自分が知っている相手に出会えるなんて、あまりにも出来すぎてると思い、その考えは早々に放棄した。


「そうです。そのユウマ様がリナ様を助けてくれたんですよ? ララ……私も少ししかお話は聞いていませんが、リナ様がグレートウルフに襲われていたところをユウマ様が助けたそうです」


「――あっ!」


(思い出した! そうだ、そうだったよ!)


 莉奈は、巨大な獣に襲われて気を失う直前、助けてくれた人物の顔を見たことを思い出した。

 それは、見覚えのある『ユウマ』と同じ名前を持つ男だった。


(かなりあやふやな記憶だったから、すっかり忘れてたよ!)


 莉奈は今思い返しても、あれが自分の安堵する相手に脳が記憶を勝手に書き換えてしまったのか定かではないところがあった。だが、もしそれが本当ならばと思うと、また胸の鼓動が早くなった気がした。


「ど、どうかしましたか?」


「あ、ううん。ごめんね、続けてくれる?」


「はい! それで、ユウマ様と同じく一緒にいた護衛隊長のティステ様がリナ様を保護するためにお屋敷に連れてきました。その時、ユウマ様が言っていたのが『この子は多分俺と同じ国の子だと思う』って」


「……そうなんだ」


 莉奈は確信した。

 危険を顧みず他人を助け、こうして介抱してくれる人なんてあの人らしいと……こんな時だというのに嬉しくなってしまうのだった。


「今ルルがユウマ様を呼びに――」


 その時、扉の向こう側から部屋に向かってくる何人かの足音が聞こえた。

 扉の前まで来ると、控えめにコンコンとノックし、


「入りますよー」


 と言って入ってくる人物を見て、莉奈は自分の予想が間違っていなかったと安心した。


「あ、ほんとに目が覚めてますね。無事でよかったです」


 ほっと一安心したように、勇馬が微笑んだ。

 勇馬が言うには、莉奈は木にぶつかって気を失っていたが、特に外傷はなかったようだ。だが、万一のことを考えてフィーレにお願いし、治癒魔法をかけてもらっていたのだ。


「あの、助けてくださってありがとうございます! 坂本さん、ですよね? えと、私のことって……覚えてますか?」


 莉奈の質問に勇馬は「ん?」と一瞬考えるも、すぐに何か気づいたように「あぁ!」と声を上げた。


「えーと、確か水瀬莉奈さん、だったかな? 同級生の女の子と一緒に来てて、M24をよく使ってたよね」


「は、はい、そうです! M24の莉奈です!」


「ははっ、M24の莉奈って……なかなかインパクトある響きだね」


 莉奈は「覚えててくれたんだ、よかった……」と小さく漏らし、


「あのっ、それで坂本さん、ここってどこなんですか? いったい何が起こってるんですか?」


 ずっと気になっていた質問を同郷の人間にぶつけた。


「そうだね、その話をしないといけないね。ララ、ルル、ソフィさん、ここからはフィーレとルティーナと彼女と自分の4人で話させてもらっていいですか?」


「え!? ルルもご一緒に――」


「――承知しました、ユウマ様。さ、行きますよ2人とも」


「あぅ、そんなぁ……」


「よしよし、後でおいしいもの食べようね、ルル」


 名残惜しそうなルルをララが慰め、部屋には事情を知っている者だけが残ることになった。

 勇馬がそれを確認し、口を開いた。


「――さて、まずはお互いに自己紹介から始めようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る