33.約束

これにて1章完結です!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「スミス! エミリ!」


「レオン兄様!」


 ルティーナとティステは、砦内にある牢屋に閉じ込められていたスミスとエミリ、そしてレオンの姿を見るなり走り出した。


「ルティーナ様……?」


「あぁ……ルティーナ様も捕まってしまわれましたか……」


「違うよ、ボク達は助けに来たんだよ! ここにいるユウマが敵をやっつけてクレデール砦を取り戻してくれたの!」


「「え!?」」


 ルティーナがニコニコしながら説明すると、2人は目を見開いて驚きを露わにした。

 彼らもまたキールやルーカスと同様に、突然の事態に理解が追いつかないのだろう。


「後でちゃんと説明するから、まずはこんな所早く出なくちゃ!」


 ルティーナはそう言って、2人を連れ出した。


「レオン兄様! ご無事ですか!?」


「う……ティステ、か……?」


 ロープで吊るされていたレオンは気を失っていたが、自分を呼ぶ妹の声を認識し、俯いていた顔を上げた。

 その顔と体は赤く腫れ上がった箇所がいくつもあり、拷問されていたことは明白だった。


「兄様、もう大丈夫です。ユウマ様が敵将を討ち果たし、見事この砦を取り返してくださいました……!」


「おぉ……やはり、ユウマ様はさすが……です、な……」


「兄様……」


 レオンはティステの言っていることを理解しているのかしていないのか、半ば目を閉じたまま聞いていた。


「ティステ、すぐに回復するから降ろしてちょうだい。レオン、あなたのお陰でルティは救われたわ。命を賭して守ってくれてありがとう」


「私など……それよりも、死んでいった者達にこそ……そのお言葉を……」


「ええ、わかったわ、必ず。残された人も守ることを約束するわ」


「ありが……とう、ざいます……」


 レオンはそう言うと、力尽きてしまったようで意識を失ってしまった。

 ティステがレオンを降ろし、フィーレが治癒魔法をかけて回復する。至る所についていたレオンの傷は、元から何もなかったかのような肌へと戻っていった。


「ふぅ……これで大丈夫ね」


「フィーレ様、ありがとうございます」


「ううん、レオンは頑張ってくれたもの。多くの犠牲が生まれてしまったのは悲しいけれど……」


 フィーレは、キールに聞かされた死んでいったエリアス兵達を思い、悲しそうな顔を浮かべた。


「フィーレさん……とりあえず、一旦ここからレオンさんを出してあげましょう。これからのことは、今ならゆっくり考えられる時間はあるでしょうし」


「……そうですね。そうしましょう」


 ティステは自分が運ぶと主張していたが、彼女よりも自分が運んだほうがいいだろうと、勇馬はレオンを背負って運び出した。


「――ほら、キリキリ歩かんかっ!」


 外ではエリアス兵がグラバル兵達を集めて拘束しており、今後捕虜として交渉の材料とするそうだ。捉えた捕虜を無闇に虐殺するシーンを見せられることがなく、勇馬は少しほっとした。


「ユウマ!」


「――うおっ」


 勢いよく抱きついてくるルティを、勇馬はよろけながらも受け止めた。


「ユウマ様、ルティーナ様から事の顛末をお聞きしました。この度はお救いいただき、誠にありがとうございます」


「また、こうしてルティーナ様に会えることができ、本当に嬉しく思います。ユウマ様、本当にありがとうございました」


 スミスとエミリは深くお辞儀をして、勇馬に感謝を述べた。


「いえ、そんな、気にしないでください。お2人ともご無事でよかったです。ルティもずっとスミスさんとエミリさんのことを気にかけていたので、こうして無事に会えて本当によかったです」


「なんと、そうでございましたか。ルティ様がこの私をご心配してくださっていたとは……これは感激ものです」


「もうっ、ボクだって心配くらいするよ! ボクのせいで囮になった2人が死んじゃったらなんて考えると……スミスなんて毎晩ボクの枕もとに化けて出て小言を延々と言いそうだし、そんなの耐えられないからね!」


「はっはっは! では、小言を言われないように、これからは生活態度を改めていきましょう」


「なんでそんな話になっちゃうのかなぁ……」


 勇馬は、そんなやり取りする2人を微笑ましく思うのだった。


 もし、これが少しのタイミングのズレやすれ違いで不幸な結末を迎えていたと思うと……それを想像しただけで、勇馬は身震いする。

 武器を持っていた時は、自分の持つ能力のせいか何とも感じなかったが、これまでの出来事を今改めて思い返すと、とんでもない死地に自分がいたのだと理解する。

 そういった世界になれている彼女達には、これが当たり前なのかもしれない。

 喜ぶ彼女達の前で口にこそしないようにしたが、少しずつ勇馬の中にふつふつと恐怖心が湧いてくるのだった。


 そして、フィーレはそんな勇馬をじっと見つめるのだった――。



 ◆◇◆



「ふぅー、ちょっと飲み過ぎちゃったな」


 勇馬は軍の勝利を祝う宴に参加し、かわるがわる挨拶に来た幹部達に酒を勧められ、断るわけにもいかずしこたま飲んでしまった。

 このままでは潰されると思った勇馬は、夜風に当たるために防壁の上にやってきていた。


「夜はちょっと冷えるな……まあでも、酔いが醒めるしちょうどいいか」


 体感的には夏が終わり、秋に入ったくらいだろうか。この世界に来る前の季節は春先だったので、夏を飛ばしてしまった感じだ。


「みんな楽しそうにしてたな……」


 未だ盛り上がるエリアス兵達を横目に、勇馬は反対に少し考え込んでいた。


(俺、いったい何人――殺したんだろうな)


 日本にいた時には考えられないようなことをこの世界ではしてきた。

 いわゆる『やらなければやられる』という中ではあったとしても、思い返せば何十、何百と撃ち殺してきたはずだ。――この手で。


「人を殺して英雄、か……」


 理解ができないわけではない。歴史を紐解けば、敵を大量に倒すことができる者は英雄として称えられるのは、どの国でも同じだったはずだ。

 だが、だからといって、今の勇馬はそれを簡単に受け入れられるほどの心の余裕はなかった。


「う……なんか気持ち悪くなってきた……」


 考えれば考えるほど気分が悪くなって、もう戻って寝ようかと考えていると、


「――ユウマさん」


 後ろから名前を呼ぶ声がした。


「フィーレさん、どうしました? もしかして、フィーレさんも夜風に当たりに来たんですか?」


 勇馬は笑みを浮かべて平静を装った。


「ユウマさん……私、ユウマさんに謝らなければいけないことがあります」


「謝らなければいけないこと?」


 フィーレの表情はいつになく強張っているように見えた。


「はい。実は……ユウマさんと出会ったとき、私はユウマさんが『使徒様』であることにすぐ気づきました。そして……それを知ったうえで、ユウマさんをするためにクレイオール家に連れてきたんです」


「利用、ですか」


「……はい。ここまでグラバル王国が早く動くとは考えていませんでしたが、いずれ攻めてくることはわかっていました。ユウマさんの力を馬車の中から見て、さらに『ニホン』という国から来たと聞いて、私は確信しました。この方なら私たちを救ってくれる、と――」


「……」


「ですから……私は最低です。あなたに協力しなくていいという振りをしながらも、計算高くあなたに助けを求めていました。……ユウマさんの優しさにつけこんで」


 フィーレの独白は続く。


「今も、きっとどこかでこれをあなたに話すことで、同情を誘ってるのかもしれません。『今後このようなことはしない』と言っておきながら――私は……私はあなたを裏切り続けていました」


 フィーレの言葉が途切れ、勇馬が口を開く。


「フィーレさん、あなたはなぜそれを俺に話したんですか?」


「先ほどお話ししたように、同情を誘って許しを――」


「――だったら、そんなことを言う必要はないでしょう」


 同情を誘うのであれば、そんな考えをしてると明かす必要などないはずなのだ。


「それは、私が無意識に計算して行っているのかもしれません。そう言うことによって理解を得られると……」


「うーん、普通に隠してたほうが上手くいくと思いますけどね。俺ってほら、単純ですし」


「い、いえ、そんなことは――」


「あるでしょ?」


「……ちょっとだけですけど」


「はぁ、やっぱあるんだぁ……ちょっとショック」


「いい、今のはユウマさんが――!」


「うそうそ、冗談ですよ、冗談」


「うぅ……意地悪です……」


 重くなっていた空気が、少し和らいだように感じた。


「フィーレさん」


「……はい」


「一騎討ちの前にした約束、覚えていますか?」


「約束……はい、覚えています。『ルティのように接してほしい』でしたよね?」


 ボルゴとの一騎討ちの前、勇馬はフィーレにそう約束していた。それは、彼女との距離が遠く感じたので、もう少しフランクな仲になれればと思い、提案したものだった。


「ええ。フィーレさんが俺に黙って考えていたこと、正直ショックではあります」


「……はい」


 フィーレは、消え入りそうな小さな声で返事をした。


「でも、これでだけは覚えていて欲しいんですけど、それを聞いたうえでも、俺はあなたのことを好意的に考えています」


「はい……え?」


「なんていうか……あっ、いいように扱われるのが好きとか、そういうんじゃないですよ?」


「わ、わかってます! そうではなくて……」


「んー、何て言ったらいいのかな……少なくても、俺の前にいたフィーレさんのすべてが嘘偽りの塊っていうわけではないと思うんです。そういうのを見てきて、こういう話をしてくれたこともそうですし、根っこの部分というかそういうところは決して嫌いじゃないです。むしろ、ただただ優しいだけのお嬢様よりも、ギャップ萌え? みたいな感じで、可愛らしく思いますよ」


「か、かわいい……!?」


 フィーレの顔は一気に赤みを帯びたが、松明の灯りに照らされていたため、勇馬に気づかれることはなかった。


「だから、許します。これまでのこと」


「ユウマさん……」


「ただし!」


 突然大きくなる勇馬の声に、フィーレの肩はビクンと跳ねた。


「約束、守ってくださいね?」


 勇馬は、いたずらに微笑んだ。


「は、はい! でも、どういう風にしたら……」


「簡単なことですよ。お互い『素』で接する。ただそれだけです」


「『素』ですか。でも、ユウマさん、敬語は私の癖で――」


「勇馬、でいいよ、フィーレ」


「っ!!」


 フィーレは、自分の身体の中を何かが走り抜けたように感じる。

 それは、チョコバーよりも刺激的な何か――。


「――わかりました、ゆ、ゆゆ、ユウ、マ……えへへ」


 恥ずかしさと嬉しさと充足感と……本当ならば嫌われ罵倒されることも覚悟していただけに、フィーレはこんなに幸福な気持ちに満たされるだなんて思ってもみなかった。


「うん、じゃあこれでこの話は終わり! これからは、お互い何でも言い合えるようにしていこう」


「は、はい!」


「よし、それじゃあ戻ろうか」


 勇馬とフィーレは、防御壁の階段を下りていく。


「ユウマ……本当にありがとう」


「どういたしまして、フィーレ」


 酔いが醒め、勇馬の気分もいつの間にかもうすっかり晴れていた。

 それは、隣を歩く少女のお陰なのかもしれないと、勇馬は思うのだった。


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