32.英雄

(あ、危なかった……)


 勇馬は、ボルゴの大きな体がズシンと前のめりに倒れるのを確認し、大きなため息をついた。

 まさか防御魔法――しかも無詠唱で弾丸を防がれるとは思っていなかった。

 だが、落ち着いてセレクターを『タ(単発)』から『レ(連発)』に切り替え、大量の弾丸を連続して撃ち込んだら、ボルゴの巨体にいくつもの風穴を空けることができた。


「お、終わったの?」


「だからそれ死亡フラグだから!」


 ルティのフラグを折ろうと、勇馬はすぐさまツッコミを入れた。

 これで起き上がられたらたまったものじゃない。


「ユウマさん、今なら逃げられませんか?」


 フィーレの言葉に周りを見渡すと、


「ボルゴ様が……し、死んだ?」


「う、嘘だろ? あのボルゴ様が一騎討ちで敗れるなんて……」


「だってあの大量の血を見てみろよ! それに、ピクリとも動かないぞ……っ!」


 グラバル兵達は、今の状況を受け入れられないような表情で、物言わなくなったボルゴの死体を見つめていた。

 フィーレの言うように、彼らの支柱であるボルゴが折れた今ならば、膝をつかすことも可能かもしれない。


「確かに、なんだかそうできそうな雰囲気ですね。でも、どうしたら……」


「私にお任せください」


 そう言って、ティステは勇馬の1歩前に歩み出た。


「貴様らの指揮官であるボルゴ・ドルファスは、我がエリアス王国の猛将であるサカモトユウマ様によって、今ここに死んだ!! 貴様らグラバル兵どもが何人束になろうとも、このお方が返り討ちにしたのはこれまでも見てきただろう! この大男のように血をぶち撒けて死にたくなければ、大人しく跪いて武器を捨てよ!! さもなければ、反抗の意思ありとみなし、哀れな最期を迎えることになるぞ!!」


 ティステの大声は遠くまでよく通り、完全に戦意を失ったグラバル兵達は武器をその場に捨て、跪くのだった。


「ユウマ様、説得するにはユウマ様をエリアス王国の人間としたほうがいいかと思い、勝手なことをしてしまい申し訳ありません」


「いえ、それは別に気にしてないですよ。そのほうが自然な流れでしょうし。それよりも、これって砦を取り返せそうですかね?」


「反抗する者は多少いるかもしれませんが、ユウマ様のお力をもってすれば大したことはないでしょう。いやはや、たったお1人の力で捻じ伏せてしまうとは……さすがユウマ様です、感動いたしましたっ!」


 シモンはそう言って、目を潤ませた。


「さっすが、ユウマだね! 強いし優しいし甘いものはくれるし……ボクがお嫁さんになってあげようか?」


「ぶっ――お前なぁ……そういう冗談は言っちゃダメだぞ?」


「そ、そうよ、ルティ! おおお、お嫁さんだなんて、ユ、ユウマさんの気持ちもあるんだからね!」


「えー、ボクは本気だけどなぁ。だって、フィーちゃん考えてみなよ。こんな優良物件を逃すほうが領主の娘としてどうかと思うよ?」


「そ、それは……」


 あながちルティの考えが間違っていないだけに、フィーレは返答に窮してしまう。


「それに、ユウマだってボクのこと嫌いじゃないでしょ? ん?」


「え? いや、まぁ、そりゃ嫌いではないけど――」


「そうでしょ、そうでしょ!」


「いやだからといってだな――」


「だだ、だめですよ、ダメ!! そんなの姉として許しません!」


「えー、なんでフィーちゃんの許可がいるのー? そんなのボクとユウマが決めることじゃないかなぁ?」


「そ、それは……あぅ」


「――お2人とも、ユウマ様が困ってしまいますよ。それに見てください」


 フィーレとルティーナがティステに言われて周りを見てみると、


「くっ……あんなかわいい子達に奪い合われるなんて羨ましい……!」


「2人か!? 姉妹で嫁に取るのか!?」


「くそっ、俺ももっと強ければ……っ」


 グラバル兵達は嫉妬の視線を勇馬にこれでもかと送っていた。

 勇馬が「なんだか変な空気になってきたなぁ」と考えていると、


「――た、大変だ! 外にエリアス王国の軍が!」


 1人のグラバル兵の言葉に、事態は一気に進むのであった。



 ◆◇◆



「キール様、ご報告があります」


「なんだ?」


 キールの前に立つ熊のように大柄な体の男、副軍団長のルーカス・フルーレが難しい顔を浮かべながらそう言った。

 彼はレオンやティステの父親なのだが、その厳つい顔のため、これまで1度も説明なくして受け入れられることはなかった。


「砦が異様に静か過ぎます。防壁の上にも敵兵はほとんどいませんし、こちらを攻撃するための準備をする様子もありません」


「む、それほど我らを侮っているのか?」


「そういった様子には感じられませんでしたが……」


 ルーカスには、敵が自分達を侮っているというより、諦観しているようにもなんだか感じられた。

 まるで、これ以上戦う気がないかのように。


「敵に何かが起きた可能性は否定できないが、だからといってそれが事実であれば、我らにとって絶好の機会ともいえる。で、あるならば、その好機をこちらがみすみす見逃す手はないな。準備を急がせろ」


「承知いたしました」


 キールの命令にルーカスが頭を下げて踵を返そうとすると、


「――報告します! 敵に降伏の意思あり、開門するとのこと!」


「なんだと!?」


「馬鹿なッ!!」


 突然の報告に、2人は目を剥いて驚愕するのだった。


「そんなわけがないだろう! 意味がわからんぞ! 砦を制圧しておいて『降伏するから開門する』だと!? 罠以外のなにものでもないわ!」


 ルーカスは報告に来た兵士に叱りつけた。彼としては実際にあったことを報告しただけなのだが、ルーカスには兵士が敵の術中にハマっているとしか思えなかったのだ。


「い、いえその、敵兵が言うには中にフィーレ様やルティーナ様がおり、キール様に来ていただきたいと……」


「なんだと!?」


「もしや、お2人を人質に取られてしまいましたか……キール様、恐らくすぐには攻撃は仕掛けてこないかと思われます。脅迫紛いの交渉が目的でしょう。私も同行します故、今は相手の指示に従うのが最善かと」


「うむ……しかたあるまいな」


 キールとルーカスは、兵士が報告した『降伏』という言葉は、まったく信用していなかった。

 報告に来た兵とともに2人は先頭の位置にまで移動し、


「キール様、ルーカス様! 開門いたします!」


 ゆっくりと門が開かれ、


「……は?」


「……え?」


 勇馬、フィーレ、ルティーナ、ティステ、シモンと、彼らが何も拘束されていない状態で現れたことに気の抜けた声が漏れた。


「お父様!」


「フィーレ……ルティーナ……!」


 2人がキールに抱きついた。


「ユウマがね、また救ってくれたんだよ! もう何回助けてもらったかわからないよ!」


「ユウマさんはやはりすごいお方です、お父様! 強くて思いやりがあって、と、とてもかっこいい……ですし……」


「ま、待ってくれ2人とも! まったく話がわからん!」


 興奮するルティーナに恥ずかしがるフィーレと、キールはまったく理解が追い付かなかった。


「お、おい、ティステ! キール様にご報告を!」


「承知いたしました。といっても、あながちフィーレ様とルティーナ様の言ってることは的を外れておりませんが……」


 ティステは、シモンとともにこれまでのことを順を追って説明した。

 それを聞いていたキールとルーカスは、あまりに荒唐無稽な話に完全には信じ切ることができないといった顔つきだったが、事実として陥落したクレデール砦を取り戻しているため、すべて本当の話なのだと最終的には理解せざるを得なかった。


「なんと、ユウマ様はそこまでの武勇をお持ちの方でしたか……。副軍団長として、またフルーレ家の人間として、誠に感謝いたします」


 ルーカスは巨体を折り曲げて、勇馬に感謝の意を伝えた。


「いえ、そんな……ティステさんも頑張っていましたし、彼女がいなければ難しかったはずです。キールさん、ルーカスさん、ティステさんのしたことは命令違反なのかもしれないですけど、どうか今回のことに免じて許してくれませんか?」


「ユウマ様、私のためにそんな……っ」


 どう考えても処罰されるだろうと考えていたティステは、まさか迷惑を掛けてしまった勇馬に助け船を出してもらえるとは思ってもいなかった。


「……わかりました。ユウマ殿がそう言われるのであれば、今回の彼女の行動は不問といたしましょう。ですが、やはり規律的にはあまり公にしたくありませんので、このルティの救出と砦奪還は作戦通りに行われたということでもよろしいでしょうか? もちろん、その手柄はユウマ殿のものですし、あくまで形式上の話です」


「いや、手柄なんてそんな……。まぁでも、それで上手く収まるのでしたら、もちろんそうしていただけると助かります」


「ありがとうございます」


 キールはそう言うと、振り返って自軍の兵達に向かって演説を始める。


「我らの同胞を苦しめた蛮族の長は、先遣隊として加わっていただいたユウマ殿が見事に討ち果たしてくれた! それだけではなく、陥落したクレデール砦を奪還し、我が娘も救出してくださった! その強さ、比類なき英雄である!!」


 それを聞いていた兵士達は、キールの言葉に「うおおおおぉーッ!!」と雄叫びを上げる。


「その功績、我が領内に留まらず、国中に響き渡ること間違いなし! ここに英雄の誕生と勝利を宣言する!!!」


 先ほど以上に地響きかと思うような勝鬨が上がる。

 それは勇馬の体の中にまで響き渡り、今まで感じたことのない高揚感に包まれるのだった。

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