13.使徒様
少し薄暗く感じる廊下を勇馬はフィーレと2人で歩いていた。
あの場が解散となった後、勇馬の部屋を最初の客室とは違う部屋にしたため、フィーレ自ら案内すると申し出たのだ。
「あの、ユウマ様……怒ってらっしゃいますか?」
部屋の前で足を止めたフィーレが振り返り、俯きがちに問い掛けた。
「ああ、さっきのことですね。……うーん、怒ってはないですかね。まあ、『何かあるのかな?』くらいには、考えてはいたので」
「申し訳ありません……」
フィーレはここに来るまでの明るさは何処へやらと、完全に意気消沈していた。
「まあ、気持ちはわからなくないですよ。私がフィーレさんの立場だったら、同じ事してた可能性高いでしょうし」
フィーレが泣きそうな表情で勇馬を見る。
「だから、もう気にしなくていいですよ」
そう言って、勇馬は笑顔を見せた。
その言葉に少し安心したのか、フィーレもぎこちないながらも笑顔になる。
「ありがとうございます。それから、本当に申し訳ありませんでした。今後はこのような事を絶対しないとお約束します」
「……わかりました。信じます」
彼女の強い意志を感じる瞳と真剣な表情に、勇馬は微笑みを返した。
フィーレと別れ部屋に入ると、そこは最初の客室よりも広く、豪華な造りをしていた。きっと、これも気を遣っているに違いない。
もはや限界にきていた勇馬は、大きなベッドへ飛び込み、深い深い眠りにつくのだった。
◆◇◆
勇馬を部屋に送り届けたフィーレは、踵を返して自分の部屋ではなくキールの執務室へ足を向けた。
執務室の扉を叩き、返事を待って中へ入る。
日がすっかり落ちた室内は、月明かりと燭台にある蝋燭の灯りだけのため薄暗い。
部屋の中には、先ほどいた面子の勇馬以外の者が集まっていた。
「来たか」
「お待たせいたしました」
キールが部屋に入ってきたフィーレに目を向ける。
「使徒様のご様子はどうだ?」
「半ば騙したような形で連れてきてしまったので、がっかりされているかもしれません。2度とそのような事はしないと約束して、信じていただけたとは思うのですが……。お疲れのご様子でしたので、今はもう寝ているかと」
「ふむ、そうか。確かに使徒様からすればそうだな。だが私は、よくぞ連れてきてくれたとお前を褒めたいよ」
キールは笑顔をフィーレに向けた。
フィーレは騙してしまったという罪悪感もあって、素直に喜べず複雑な表情だ。
突然、使徒様と呼ばれ助けを懇願されても困惑するのが普通だ。
ゼロ戦を見たときには勇馬もさすがに戸惑っていたが、取り乱すことはなかった。
「さて、夜遅くに集まってもらってすまんな。話というのは他でもない、使徒様のことだ」
「あの、お父様」
「ん、なんだ?」
「『家伝』なんてあの場で初めて聞いたけど、本当なんですか? とても、その……あの人が使徒様とは思えないんですが……」
ルティーナは訝しげに父親を見ながら聞いた。
彼女は『家伝』の内容について、フィーレと違い聞かされたことが全くなかった。
父親と姉は、『ユウマ』という人物を自分達よりも上位の存在として扱っている。
それが信じられなかった。
「うむ、本物だ。信じられない気持ちはわかるが、あのような乗り物初めて見ただろう? あれは『神の剣』と伝わっていた。この世界のどこにもないはずだ。それを知っているあのお方は、間違いなく使徒様だよ」
ルティーナは、反論する言葉が思い浮かばず口を噤んだ。
事実、こんな訳のわからないものがこの家にあったなんてと、あの場では驚いたものだった。
「だからルティーナ、お前も使徒様がこの地を愛すことができるよう協力して欲しいのだ」
「……あの人は、ただの人に見えましたけど」
口を尖らせ拗ねたように言うルティーナに、キールは僅かに顔を顰めた。
ルティーナは、自分が意固地になっているのを理解していた。
彼女は、『家伝』について何も知らされていなかった。
家族の中でただ1人だけ、父親の従者であるヴァトラと同じように。
それがどうにも悔しかったのだ。
「だから――」
「ルティ」
キールの言葉をフィーレが遮った。
「ユウマ様は、あなたの言う通り『ニホン』という国の人間です。ただ、使徒様であることに変わりはありません。あなた、『家伝』や神の剣のことを知らされてなかったのが悔しいのでしょう? でもね、別にわざと教えなかったわけじゃないの」
フィーレは諭すように妹へ語りかける。
それをルティーナは、俯いたまま黙って聞いた。
「私も知ったのは少し前よ。たまたまお父様があの部屋に入っていくのを見て、開けちゃった」
「フィーちゃん……」
フィーレがおどけるようにぺろっと舌を出す。
「本当は、然るべき時に言うつもりだったみたい。ね、お父様?」
「うむ。本当はもう少し大きくなってから2人に伝えるつもりだったんだがな。決して、ルティーナの事を蔑ろにしてたわけではないぞ」
「……本当に?」
ルティーナは、幼い子供のような事をして2人に気を遣わせてしまったと、バツが悪そうに上目遣いに見た。
キールは優しい目をしてルティーナに言う。
「ああ、もちろんだとも」
「ごめんね、ルティ」
「ううん。ボクのほうこそ子供みたいな事言ってごめんなさい」
ルティーナは2人に頭を下げた。
「いいのよ。実は私もお父様から内容を少し聞いただけで、『家伝の書』を読んだわけじゃないの。だからお父様、詳しく教えてください」
「うむ、そうだな。数百年前もの昔、我々は使徒様に助けられた。信頼を置ける者も含めて、その情報を共有するべきだろう。それと、使徒様に現状を知っていただくには案内役が必要だろう。今後は、案内役としてフィーレに付いて欲しいのだが……どうだ?」
キールは、勇馬の案内役にはフィーレが最適だと考えていた。
少なからず、屋敷までの道のりで親交を深めつつ連れて来ているため、勇馬もフィーレなら信頼を置けるだろうという理由だ。
「わかりました。ユウマ様にはクレイアにある色々なものを視察していただこうかと思います。軍部のほうも回ってよろしいですか?」
「ああ、構わない。ユウマ様にはありのままを隠さずに見せてくれ。そうすれば忌憚のない意見をもらえるだろう」
キールは、勇馬に何1つ隠すつもりはなかった。
むしろ出来るだけ見てもらって判断して欲しかったのだ。
絶対に意見をもらえるとは約束されていないが、それでも誠意は見せるべきだとキールは判断した。
「ルティーナ、先ほど言ったようにフィーレと協力してくれ」
「わかりました」
今度は反抗することもなく、ルティーナは素直に頷くのだった。
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