02 たった2年



 フェイと出会ってから二年ほど経った。早いような遅いようなだ。

 あれから色々と環境が変わった。俺が部隊長に昇進、フェイはなんと副隊長だ。

 ニヤニヤしてた上官の顔が忘れられない。岩が笑うみたいなもんだ。気持ち悪い。

 として、そんなに別に階級が高いわけじゃない。部隊長は他にもいるしな。

 そうだ。変わったことと言えば、フェイとの意思の疎通が楽になったんだ。


『ノラン~? なにジロジロ見てさ。なんだよお』


「体の前に出すなって」とソレを叩き落とす。「邪魔だ」


『ぐえ』ぺちょんとおちたソレをフェイは踏んでしまった『あ~!』


 相変わらず声は聞こえないが、喋れないなら言葉を綴れば良いじゃない! だ。

 フェイはどうやら魔法に精通をしているらしく、俺が「空中に文字を刻んだらどうだ」って言ってみると次の日にはコレの原型を出してきた。

 それも文字だけが浮かんでいる訳ではなく、装飾付きだ。『白地の楕円形の上に文字が踊っている』だな。

 その楕円形も気分によってはトゲトゲだったり、四角形だったりする。

 あと、フェイのいる方向にちょんと伸びるから離れててもフェイの居場所が分かるようになっているのだ。ここらへんは時間をかけて改良をしていった結果だな。


「ぷはあ!」


『ぐい、ぐい、ぷは!』


 喉を鳴らして酒を飲めばフェイはそれを真似をしてくる。


『美味いよ、おっちゃん!』


 白地の背景にインク壺に浸した筆を跳ねさせた……っていえばキレイに聞こえるが酔っ払ったような筆跡で文字を綴り、店主の目の前に言葉を出して殴られてる。

 それこの前もして怒られた奴だろうに。


「人前に出す時はちょっと透かすんだよ。それで死にかけた奴がいたろ」


『思いは素直に伝えたほうが良いから!』


「人様の邪魔をしてまで伝えることはないわな」


 ちょいちょいと指で隣の夢心地な男を指す。俺らの部隊の新入りだ。

 コイツが、フェイのソレで死にかけた訳だ。

 あれは、酒を飲みすぎた次の日の戦場。声が出んから伝達を任せた時のこと。


『ノランから部隊員へ:右翼最奥で大魔族が現れた。右が崩れたら魔物と一緒に人が雪崩込んでくる。味方に押し潰されないように注意しろ。ってさ!』


 俺が言った言葉を文字として表してくれるから俺の部隊は命令が通りやすい。

 入りたては文字も読めなかった奴も、生き残りたかったら文字を勉強する。

 結果、総隊長やもっと上の人間に騙されることがなくなる。いい事尽くしだ。

 まぁ、透かすのを怠った結果、視界が奪われてコイツは魔獣に突進された訳だが。

 さすがのフェイも言葉には表さずとも反省をしていた様子だったしなぁ、あれ。


(でも、やっぱり、言葉で表さなくても……なんとなく感情が分かるんだよなあ)


 うむ、と首を捻る。

 フェイが言葉で感情を表現するようになったのは周りの奴らからのご要望だった。

 俺は必要がないと言ったんだが、他の奴らから「副隊長は何を考えてるのか分からない」とのたくさんのお声を頂いたからな。

 でも、分かると思うんだがな。雰囲気というかなんというかで。

 ちなみに、今は上機嫌。酒も足るほど飲んでるみたいだし。


「それで、フェイよ」俺は本題を切り出すために、フェイの近くにドカッと座った。俺が近づくとフェイも近づいてきた。「顔を見せてはくれないのか? これでも二年目だぞ? このご時世、二年の付き合いってのは中々ないもんだ」


『え~? 短いよお』


「短いって? 二年が短いか?」


『短いよって』


「そう言われると、なんとも言えんがなぁ……」


 二年が経っても声も顔も分からないままか。

 でも、二年だぞ? それもボケッとして過ごした二年じゃない。一緒に戦場をかけずり回り、新人を叩き上げ、何体もの魔族もぶっ倒した。そんな濃厚な二年間だ。


(俺のことが苦手な訳じゃないと信じたいが)


『なあに?』


 顔を覗き込むと、向き合った。だが顔は見えない。フードの中は真っ黒だ。

 魔法か何かで顔を隠してると聞いた。便利な魔法があるもんだ。

 同じことを何回も聞くのは面倒な男だと思われるか。俺もされたら嫌だしな。


「なんでもねぇさ。コイツらも酔い潰れたみたいだし、俺らも宿舎に戻るとするか」


『え、二軒目いかないの?』


「なんだ、強欲だな」いや、フェイは元々か「……良いぞ。付き合ってやる」


 店主に金の支払いを済まして店の外に出た。夜の空気はうめぇなぁ。

 で、フェイからお誘いがある時は決まってコレだ。

 袖をクイクイと引っ張ってくる。きたな。


『どっちが酔い潰れるか勝負だよ? ノラン隊長』


「わぁーてる」フードの上から頭を叩いた。「勝ったら何がもらえるんだ?」


『ふっふーん。今日も勝った方の言うことを聞く、で!』


「乗った!」


『ノランが?』


「クソガキ」


 もう1回頭を叩こうとしたら避けられ、数歩先で振り向いて腰を折って笑った。


『ガキじゃないも~ん。ノランより年上だぞぉ?』

 

「はいはい」


 顔や声が分からなくてもフェイは相棒だ。

 今更、知ろうとしなくてもいいか。見せたくなったら見せてくれるだろうし。

 どのみち、俺の酒のペースに付き合えるのはフェイくらいだもんな。

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