国境警備のおっさん、問題児に囲まれて旅をする。〜え、俺が最強の勇者? 違います。それ多分、弟のことです〜

久遠ノト

第一部:問題児どもの北方出征

第一章:歩く貞操帯

01 相棒との出会い


 酒に女。これだけあれば良いような人生だ、全く。

 朝から晩まで国境線の警備。くあ、と欠伸したら隊長からの怒号が飛んできた。

 巻き上げられた砂粒ほどの数の魔獣と魔族がいる戦場だぞ? 

 音だって、金属音、悲鳴、怒号……数えだしたらキリがない。

 そんな中であくびをしてる俺を見つけて声を届けれる部隊長はなんだ? なんでそんなに俺のことを見てんだよ。好きかよ。


 今日も今日とて国を護った。だが、別にこの仕事に誇りを持ってる訳じゃない。

 働かなくていいなら働きたくない。他の連中みたいに目を輝かせて仕事に勤しんでいる訳じゃない。金の湧いて出る池でもありゃ俺は隠居するね。

 だって、働いてる間もずっと仕事終わりのコレを楽しみにしていたんだからな。


「ぷはあああ!! うっめぇっ……!」


 酒を浴びるほど飲み、味の濃い食い物を胃袋に放り込む。はい、最高。


「……あとは女がいりゃあ最高なんだがなぁ~……」


「ノラン! オマエは神官っていう自覚を持ってねぇのか!? 酒だ女だってよォ」


 同僚の酒飲みは酔っ払った顔のまま首を傾げやがった。

 女なら可愛らしい仕草もヒゲモジャがすりゃあ気分が悪い。

 が、知らないようなので、俺は得意げにソイツの空いたジョッキに黄金のしゅわしゅわを注ぎながら教えてやった。


「男が女を好きになる。当たり前だ。そうして人間は繁栄してきたんだからな」


「まーた小難しいことを。バチが当たるぞ」


「当たるもんか。さ、手が止まってるぞ。明日になりゃあくそったれのお仕事がまた始まるんだ。飲め飲め!」


「お互いに死なずにこうやってまた飲もうぜ」


「当たり前だろ。死んでたまるか。死んで良い訳がないんだ」


 こんな毎日を送っているただのおっさん。それが俺だ。

 何不自由もない生活。このまま死ぬまでこんな感じで過ごすんだろう。

 そう思っていたんだが──


「お客さん! 代金を払ってもらわなきゃ困りますよ!」


 なんて声が聞こえたから、頬張っていた肉串を揺らしながら振り向いた。

 なんだ。店主と……小柄な奴がなんか話してるか?

 屋内でフードを被ってるから顔がよく見えんが……体型的に子どもだな。

 

「なにか言ったらどうだ? タダで飯を食うなんてよぉ! こっちは商売で……」


「まーまー、店主。子どもにはよくある話だ。俺が払っとくから」


「ノラン……だがなぁ。一言も喋らんし、共通語も分からんガキだぞ?」


「じゃー尚更だ。戦争孤児なんて珍しいもんじゃない。何食ったんだ? んー……えらい酒が多いな。ガキも酒を飲まなきゃやってられんか!」


 見せられた注文表を見て子どもの肩をパシパシと叩く。こんな見た目でよくぞここまでの酒を飲んだもんだ。

 財嚢からカネをつまみ上げて店主に投げていると、袖をくいくいと引っ張られた。

 

「なんだ? まだ食いたいのか?」


 こくりと頷かれる。

 なんだ共通語は分かってるじゃないか。

 この状況でまだ食うといえる生意気さ。こういう奴は嫌いじゃない。


「じゃあ、俺の席にこい! 腹減ってんだろ? 好きなだけ食って飲め!」


 フードで顔は見えないが、俺の言葉で明るくなったのが分かった。

 案外、この子どもはよく食うし、俺ほどじゃあないが”酒飲み”だった。

 同僚共が酔い潰れてもコイツはピンピンしてやがったからな。


「将来有望だな」


 なんて言ってやると、嬉しそうにジョッキを撫でてた。初いやつめ。


「この街にいるってことは北から来たのか? それとも北に出るのか?」


 散々、食い散らかした後でも相変わらず無口だし、顔も見えん。

 なんだそのフードすげぇな。なんで見えないんだよ。

 でも、反応は返ってきた。どうやら外から来たらしい。


「外からか! 大変だったな。この街は安全だ。飯も美味い。男だらけだがな!」


 外からやって来るってことは、少なからずコイツは自衛の方法を持ってるはず。

 ……背負ってるのが持ち武器か。剣、か。柄が木目っぽいが。ふむ。


「なぁ、オマエ、酒は好きか?」


 こくこくと頷かれた。犬みたいは反応しやがって、かわいいな。


「俺もだ。でも見ての通り、酔い潰れて会話相手がいなくなる……そこでだ!」


 パシッと膝を叩き、子どもの肩を抱き寄せ、手で声を漏らさないようにして。


「俺の話し相手になってくれりゃあ俺が嬉しがるが、どうだ?」


 おお、好反応。快諾と見て良いんだよな?


「でも……金がねぇからなぁ」それが一番の問題だ。俺は金があるが、さすがに面倒までは見切れないし。「ん? 働く意志があるって? でもお子さんが働ける場所なんてねぇぞ?」そういうと俺の方に指を指してきた。「え? 俺の職場か? うがー、難しいことを言いやがるなコイツぁ」


 国境の警備に従事ができる年齢って何歳だったか。覚えてないなぁ。

 だが、働く意志があるならガキでも女でも亜人種でも入れる。それが俺の職場だ。

 

「じゃあ聞くぞ。オマエは何歳だ? みたところ10歳くらいかと思ってんだが」


 そういうと指を上にくいくいと動かす。


「ほ~ぉ? じゃあアイツはどうだ。アイツはここの店主の娘。確か14歳だ」


 配膳をしている給仕服の少女を指差すと、上にクイクイと動かした。


「なら、コイツはどうだ。コイツは俺の後輩でな。18歳」


 金髪の俺の副官。上にクイクイと動かした。動きが激しめだな。もっと上か?


「ふーむ。なら、俺はどうだ? 立派なおっさん。年齢は秘密だが」


 ジィと見てきて──顔は見えんから雰囲気でそう感じた──手を上に動かした。


「俺より年上か! なら問題ねぇな。じゃあ、明日。北にでっけぇ門があるだろ?」


 そうして俺は気分のいいままその子どもに『職場の門の叩き方』を説明した。

 次の日にソイツは門前に現れた。

 体に不相応な剣を持ったまま、警備隊の門戸を叩いた訳だ。

 部隊長に説明をする時も酒場での手法を用いた。いつも怒ってばかりの隊長が困ったように薄くなった髪を掻いてて笑ったもんだ。

 

「じゃあ、今日からオマエは俺の同僚で、酒飲み仲間だ。よろしくな!」


 バシッと叩くとそのままうつ伏せでバタンと倒れてしまい、ぽこぽこと殴られた。

 

「悪いって……力加減を間違えた。ま、よろしく」


 するとまたジィと見てきた。こういうときは何かあるな。


「ん〜……名前か! 名前だな? 名前を聞きたいんだろう!」


 こくこくと頷かれた。なんだかコイツが考えてることが分かってきた気がする。


「俺の名前はノラン。ノラン·グレゴール。好きに呼んでくれ」


 名前を聞くだけ聞いたら咀嚼するように顔を伏せる子ども。その頭にチョップ。

 

「で、オマエの名前は? 喋らんでも意思の疎通くらいは取れんだろ?」


 おろおろとしだしたので、とりあえず歩きながら適当な名前を言っていった。

 レナータ、ダミアン、テオドール、クラディス。どの名前を言っても首を横に振られた。こりゃあ難しいな。

 

「字は書けるか?」


 頷かれたので、兵舎の中庭に向かい、地面に名前を書けと言ってみる。

 木の枝を器用に動かして地面に名前が掘られていく。

 んー……F……あ。


「フェイか」


 読み上げると「!」って反応をされた。 


「当たりだな? いい名前だ。いい名前だな! フェイ!」


 ふふんと胸を張りやがった。名前を褒められて喜ぶとは素直なやつだ。


「じゃあ、ノランとフェイはこれから同僚兼飲み仲間だ」


 バシッと俺がしたように背中を叩いてきたので、思いっきり叩いてやるとまたベターンとうつ伏せで倒れ込んでやがった。

 

「はっはっは! 仲良くしようぜ、フェイ」

 

 こうして、俺は無口で顔が見えない『フェイ』という奴と仲間になった。

 俺の部隊に配属されたフェイはめきめきと頭角を表し、あっという間に俺の副官に任命された。

 やがて奢る回数が減り、奢ってくる回数が増え、一緒に飲む仲間も増えていった。

 相変わらず喋らないが、喋らずとも何を考えるのかが分かるようになった。


 そうして、フェイと初めて会った日から2年ほどが経ったある日。


 俺は、勃起不全になった。

 


 


 



 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る