第57話 京都・三条大橋②

 一方、我らがミケタマは。

「ねえ、あれ、何?」

「うーんと、よくわかんないけど、とにかく不吉なものであることは間違いなさそうね」

 遠く後ろを見やると、ドドドドドッという大音声とともに、盛大な雪煙が上がっている。


「どうする?」

「答えは一つ」

「関わってらんないわね」

「そうよね」

「エンジン全開!」

「三条大橋まで、一気に行くわよっ!」


 ブオン!

 ジェットスキーが、火を噴き、一目散に滑っていく。

 猛烈な雪煙が、二人の後ろで尾を引いて、真っ白な粉を撒き散らす。

 滋賀と京都の間にある、最後の山を一気に越えて、山科やましなの市街地へ。


「あーん、滋賀と京都の県境で写真撮れなかったあ〜っ!」

「悠長なこと言ってる場合じゃないわ。後ろ、迫ってくるわよ!」

 ドドドドドドッ!

 追いつかれては一大事と、ひたすら逃げる。


 コーガ、コーガ、コーガ、コーガ……。

 バグコーガ、バグコーガ、バグコーガ……。


「私も霊感が芽生えちゃったのかしら!?耳元でずっとバグコーガって聞こえるの。セミの亡霊に取り憑かれたみたい!」

「亡霊じゃないわよ!さっきのセミの大軍が追いかけてくるわ!え、何ですって!?バグはコーガ!?」


 天智天皇陵を過ぎ、一気に蹴上けあげまで駆け上がる。

「あの忍者の集団は、何!?」

「多分、バグよ〜!!」

 蹴上まで来れば、もう少し。

 東山を過ぎ、三条大橋が見えてきた。


「ミケコさーん!タマコさーん!そら、お前たち、忍者どもを蹴散らせ〜っ!」

「あれもバグなの!?」

「その通り!いつものバグってる一茶さんだわ!」

 ゴールまで、あとちょっと。


 ほら、弥次喜多像が見えてきた。

 現代では、橋の向こう側にある弥次喜多像。

 近未来では、ロボット化されて、動く、喋る、踊る。

「おめでとうございま〜す!」

「それ、カッポレ、カッポレ、甘茶でカッポレ!」


「弥次さん喜多さんって、こんな人だったの!?」

「長生きして、新しいキャラクターを見つけたんだわっ」

 ドーン、ドーン、ドーン!

 さらには、二人の到着を祝福して、三条の河原から花火が打ち上がる。


「もう〜、そっとしといてくれないのーっ!?」

「演出が、いちいち派手なのよね!?」


 しかし、まだこれだけでは終わらないのだ。

 ワラワラと沸いて出たのは、新撰組ロボットたち。

 お揃いの、浅葱色のだんだら羽織にハチマキ、誠の旗印。

 二人を迎え入れようと、三条大橋の入り口に、ゴールテープを張った。


 そこをサーッと通り抜けた!

「フィニッシュ!」

「やっとゴールよ!」

 あ〜っ、と、思わず橋の真ん中でへたり込む二人である。


「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!」

 万歳三唱して、喜ぶ弥次喜多に、新撰組の面々。

「近藤さんに、土方さん。キャラ変わってる!」

「長生きして新しいキャラを見つけたんだわっ!」


 しかし、ゴール達成の余韻に浸っている余裕はなかった。

 ミケタマのすぐ後ろを追いかけてきた、悲しい男たち。

「バグ、コーガ、バグ、コーガ……」

「白状せいっ、忍法・二人羽織!」

「させるかっ、忍法・外来魚の舞!」

「伊賀忍者よ、こやつらをやっつけろ!ミケコさーん、タマコさーん!」

「坊っちゃーん!」


 ドドドドドドドドドドドド……!!

 セミ、ウスオ、ユラ、甲賀忍者、伊賀忍者、一茶、鱒之助に金のシャチホコ。

 もはや組んずほぐれつの大乱闘。

 団子状態で橋に飛び込んできたから、たまらない。

 狭い橋の入り口で、ぎゅうぎゅう詰めになってしまった。


「おわー」

「おわー」

 逃げ惑う、弥次喜多ロボット。

「敵襲であるぞ〜!」

 勘違いした新撰組ロボットたちと、忍者軍団との戦いが始まってしまった。


 そんなときでも、一人冷静な近藤勇ロボット。

「騒がしいのう。今宵の虎徹は、血に飢えて……、な、なんだあ〜っ!?」

 鴨川から一斉に、ブラックバスやブルーギルが飛び上がってきて、彼もパニックに陥ってしまった。


「こ、こらっ、金のシャチホコたちよ!どこへ行こうとするのだ!?おわ〜!!」

「坊っちゃーん!」

 そしてあっさり、二度目の忍法・外来魚の舞にかかってしまう、金のシャチホコ二体。

 一茶と鱒之助を背に乗せたまま、ドボンと、鴨川に飛び込んだ。


 ついでに、鴨川の河川敷で、観光客が呑気にパンでも食べようかと油断していると、必ず空から舞い降りてきて、パンを奪っていく、トンビたちも降りてきた。


「うわあ……。もう、ハチャメチャ」

「ねえ、ミケ。のんびりしていちゃいられないんじゃない?」

「そうよね」

「あれを、取り替えないとね」


 二人は、唯一、擬宝珠が古いままに残されていた、橋の欄干に近づいた。

「これこれ。新撰組の刀傷が残っているわ」

 ミケコが古い擬宝珠に手をかけて、キュルキュルと回すと、それは簡単に外れた。

「これを、リュックサックに入れて持ってきた、新しいのに変えればいいのね」


 新しい擬宝珠を取り出し、それをまじまじと眺めた。

「こっちにも刀傷はついてるけど、これはフェイクなのよね」

 二人はしばらく顔を見合わせていた。

「古いままじゃあ、ねえ」とタマコ。

「そうよねえ」とミケコ。

 擬宝珠を欄干にセット。

 キュルキュルと今度は反対に回して、しっかりと締めた。


 乱闘の最中、それを目撃した、ウスオとユラの二人の忍者。

「あ、間に合わなかったか!」とウスオは唇を噛んだ。

「くはははは。これで我が任務は完了なり!」ユラは高笑いである。

 が、そこに油断が生じた。


「隙あり、忍法・二人羽織!」

「くわっ!」

 ユラにウスオの術がかかった。

 フラフラと操り人形のように、タマコの前にまろび出るユラ。

 その背中には、ウスオが影のように張り付いている。

 持ち前の影の薄さとあいまって、決して誰かに操られているなどとは見破られない、ウスオの必殺技だ。


「あら、忍者の人。何か御用かしら?」と、タマコは言った。

 己の意に反して、ユラの口が動いてしまう。

「タマコさん!そ、その擬宝珠を、早くお取りください!それは、弥次喜多グループを陥れんとした、十返舎開発の陰謀なのです。私は、十返舎開発に雇われて、風魔忍者の仕業に見せかけ、バグが起きているように見せかけていた、甲賀忍……」


「ストップ!」と、タマコがユラを遮った。「そんなこと、とっくに知っているわよ、日影ウスオさん」

「え……!?」

 ウスオは耳を疑った。

 人の口から自分の名前が出るのを聞いたのは、いつぶりのことか。

 ドサッと、操っていたユラを落としてしまった。


「日影ウスオさんでしょう。私たちの同期の」と、再びタマコの口からウスオの名前が出た。

「は、はい……」

「これを書いたのも、あなたね」と、タマコはポケットから一枚の紙を取り出した。

「それは……、ご覧になっていただけたのですか」


「横田の大常夜灯のところに挟まっていたのを、読ませてもらったわ。十返舎開発の陰謀と、甲賀忍者の暗躍について教えてくれてありがとう。これ、ウスオさんの字よね?」

「ど、どうして、僕のことを知っているのですか?」

「私たち、知ってるわよ。だって、同期じゃない。それに、あなたがなんの仕事をしているかわからないけど、大体いつも私たちと同じフロアにいるわよね」


 ウスオの顔がカーッと真っ赤になった。

 まさか、知られていたとは……!

 しかも、憧れの人に、思いを寄せるミケタマに……。

 ウスオはぼーっとしてきて、気絶してしまった。

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