第53話 石部

 さて、明朝。

 ミケタマの二人は水口城を立った。

 ほぼ真っ直ぐのゲレンデを、西へ向かって滑っていく。

 東海道51番目の宿場町、石部いしべを目指す。


 しばらく行くと、野洲川のほとりにたどり着いた。

 しばし立ち止まり、大常夜灯を見上げる。

 昨晩、ここで世にも恐ろしい戦いが繰り広げられていたということは、彼女たちはおろか、誰一人知るものはない。


「これが横田の大常夜灯。実物を見ると、本当に大きいわね」

「本当ね。どうせなら、夜に来れば、きれいだったかもしれないわね」

 と、何とも呑気な二人である。


「よし、出発するわよ!」と、ミケコはスキー板のエンジンをかけて、行こうとした。「どうしたの、タマ?何か興味を惹かれるものでもあったの?」

「う、ううん、なんでもないわ。さあ、行きましょう」

 タマコもエンジンをかけて、滑り出す。


「今夜が最後の宿泊地だわね」

「旅ももうおしまいね。今日は何を食べようかしら?」

「せっかく滋賀に来たんだから、もち、アレを食べたいわ」

「もち、もち。滋賀といえば、近江牛よね」

「近江牛のステーキ!」

「そうよ、そうよ。ワインと一緒にね」


 朝から、夕飯の相談である。

 食べて飲んでばかりいるようだが、食べて、飲み、そして、食べて、飲む。

 これぞ旅の醍醐味だ。

 少し下流に行ったところにかかる、横田橋を渡る。


「私たち、また川を渡ったのね」

「この旅、何本目の川かしら?」

「もう、数え切れないくらい」

「川を渡るたびに、ゴールに近づいていくのね」


 JR草津線の三雲駅みくもえきを過ぎて、三雲城跡の先にある、大沙川おおすながわトンネルを越える。

 小さなトンネルで、すぐに通過してしまう。


「ねえ、タマコちゃん。トンネルを過ぎると、そこには何があるの?」

「それはそれは夢の国でした」

「どんな?」

「おいしいお酒が流れる川があるのよ」

「もう、夢がないわね」

「じゃあ、ミケは何だと思うのよ」

「焼き鳥が放し飼いにされている牧場よ」

「それなら、やっぱり川が必要ね」

 などと冗談を言って進んでいく。


 実際には、トンネルの向こうが夢の国、などということはなく、今まで通りの東海道ゲレンデが続いていく。

 しばらく行くと、再びトンネルがあった。

 今度は、由良谷川ゆらたにがわトンネルであるが……。


「トンネルを過ぎると、そこには目の覚めるような素晴らしい……って、キャア!」

「うわ、眩しい!」

 トンネルを抜けて、驚いた。

 目に飛び込んできたのは、眩いばかりの、キンキラキン。


「何よ、これ!キンキラキンのキンキラキンだわ」

「本当、キラッキラの、キラッキラの、キラッキラキンじゃないの!」

 と、さすがの二人もボキャブラリーを失う。


 キンキラキンだけでは、読者に分からないので、作者が説明する。

 由良谷川トンネルの向こう側は、一面、黄金色に輝くゲレンデが待っていた。

「人工雪が、金色に光ってるの?」

「下だけじゃないわ。あれを見て」

 と、ゲレンデの両サイドを見ると、そこには黄金で作られた、人物像がずらりと並べられていた。


「これは、何?本物の金で出来ているの?」

「さすがにそれだと、防犯上心配だわ」

「それより、これは誰の像かしらね?」

「この辺りの有名人かしら?」

「この顔、見覚えがあるような、ないような」

「何だか、すごく真面目そうな顔じゃない?こんな人、私たちの知り合いにいたかしら?」

 うーんと、頭を捻って思い出そうとしてみたが、それらしき人物は思い浮かばない。


「これだけ金の像にしてもらえるとなると、やっぱり一茶さんかしら?」

「違うんじゃないの?彼はこんな真面目そうなタイプじゃないもの」

「それもそうよね。この人は、女になんかうつつを抜かしそうにないわ」

「そうよ、そうよ」


 どこかで一茶が、盛大にくしゃみをする音が聞こえてきそうだ。

 ミケタマが思い出せないのも、無理はない。

「あ、名前が書いてあったわ」

「どれどれ。石部金吉いしべきんきち?」

「石部っていうことは、やっぱりこの辺の名士か誰かかしら?」

「昔、そういう政治家がいたのじゃないかしら」


 完全に誤解であるので、やはり作者が説明する。

 石部金吉とは、ものすごく生真面目すぎて、頭の硬い人を言う、四文字熟語だ。

 人の名前ではない。

 特に金銭欲や女色に惑わされない堅物を指して使うので、ミケタマに惑わされまくっている一茶のような人物とは、似ても似つかない。


 ここでは、それを擬人化して、人物像にしてあった。

 ちなみに、ミケタマが心配したように、これは本物の金ではない。

 像もゲレンデも、金色のカラーリングをしているだけである。


 ここ石部宿は、『京立ち石部泊まり』と言われ、京からたった旅人が、最初に泊まる場所として栄えた。

 石部金山があり、奈良時代の昔から、鉱物を掘っていたところ。

 それにちなんで、石部宿一帯を金色にカラーリングしているのであった。


 石部金吉だけでなく、様々な人物像があった。

「あ、これは弥次喜多グループ初代社長」

「こっちは、二代目ね」

「歴代社長の像がみんなあるわ」

「一茶さんの像は、まだないわね。彼も社長になったら、ここに像が建てられるのかしら?」


「あの人って、何代目になるの?」

「1、2、3……、数えて七代目だわ」

「初代社長って、何か呪われるようなことしたのかしらね?」

「七代祟るっていうものね」

 それより、一茶自身の性質によるものが大きいと思うが、キンキラキンの中を滑っていくと、やがて石部の本陣へ。


 茶店が賑わっているようであった。

「ここでお昼にしましょうか」

「そうね」

 二人も茶店に入っていく。


 中は、これまたキンキラキン。

 床も壁も天井も、机も椅子も全てが金色にカラーリングされていた。

 だが、全く浮ついた雰囲気を感じさせない。


「何だろう。従業員の方たちが、みんな真面目そう」

「本当ね。まるでさっきの像の人みたい」

 さすがは石部の金吉である。

「この辺の名物は……っと、トコロテンなんだ!」

「ここに来る途中の夏見の里というところの、名物だったんですって!」


 他に、名物の豆腐田楽に、いもつぶしをいただいた。

 いもつぶしとは、この辺りの郷土料理。

 元々は、年貢にならないくず米と里芋を混ぜて潰したものを、おにぎりのように固めて焼いて、味噌などで味付けをしたものだ。

 それはどれも大変においしかったのだが。


「うう、食器もキンキラキンなのね」

「ねえ、私の口の中、キンキラキンになってない?」

 そろそろ落ち着いた景色が見たいと店を出た。

 金山の跡を横目に見ながら、次の草津に向かうのであった。

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