第30話 浜松
「ねえ、タマ。天竜川って、どうやって渡るんだっけ?」
「まさか、またドラゴンボート?」
二人は、天竜川の渡しにたどり着いた。
また一茶の船で渡るとしたら、どうしようと思った。
しかし、その心配は不要のようで。
「あ、良かった。橋が掛かっているわ」
「ほんと、ありがたい」
暴れ天竜と言われた天竜川も、今は昔。
かつて上中下の三箇所に渡船場があったのにちなんで、ご丁寧にも三本の橋が掛けられていた。
「私、真ん中!」
「私は下!」
適当に好きなのを選んで、渡り滑っていく。
無事に橋を通過し、川の西岸へ。
「さあ、浜松だわ!」
「私たち、随分西まで来ちゃったのね!」
東京から浜松と言うと、ほとんどの人が新幹線を思い浮かべるのでは無いだろうか。
それをスキーで滑ってきたことで、感慨もひとしおである。
「とうとう西日本までやってきたのよ!」と、ミケコが言えば、
「あら、浜松はまだ東日本じゃないの?」と、タマコが返す。
「そうかしら?でも、ここまで来ると、なんとなく西の雰囲気が出て来ない?」
「うーん、ちょっぴりそうかな?」
「じゃあ、あなたは西日本はどこからだと思っているの?」
「それは愛知からじゃないかしら?あ、でも、三河はまだ東かしらね?」
実際、東日本と西日本の境目をはっきり言うのは、難しい。
この辺だという、だいたいの位置は誰もが共通していると思うが、一つには決められないのが実情である。
論争になるのは、富山、岐阜、愛知あたり。
だが、電気の周波数の境目は、長野を通っているし、気象庁の区分によれば、三重までは東日本に入っている。
しかし、ミケコの言うように、浜松あたりまで来ると、なんとなく雰囲気や方言などが、西のものに近づいてくる感じがある。
「富士山を西に見るのが東日本で、東に見るのが西日本じゃない?」
「江戸時代の旅人は、どんな感覚だったのかしらね?」
東だ、西だと言いながら、やがて浜松の中心部へと近づいていく。
浜松は人口約80万人の大都市だ。
そのシンボルが、今宵の宿である。
「来ましたね、浜松城!徳川家康も一時期、居城にしていたのよ」
「東海道は、家康ゆかりの城が多いわね」
緑豊かな公園の中に、燦然と構える優美な城が、浜松城だ。
後に天下人となった家康にちなんで、出世城とも言われている。
チェックインをして、夕食を食べに街へ繰り出す。
そこで再び先程の東西論争が繰り返されることとなった。
「浜松と言えば!」
「もち、ウナギ!ウナギ、ウナギ、ウナギ!ウナギを楽しみにしてたのよ!」
江戸っ子も大好き、関西人も大好き。
日本人ならみんな大好き、大ご馳走。
ウナギの養殖が盛んなのが、ここ浜松である。
早速、良さそうなウナギ屋さんを探してみたのだが。
「関東風の店もあるし、関西風の店もあるわ!どっちを選べばいいのかしら?」
「やっぱり浜松って、東なの?それとも西なの?どっちなの?」
選べるウナギ屋さんの多さに、戸惑う二人であった。
背開きにしたウナギを、一度白焼にして、蒸した後、また焼くのが、関東風。
対して、腹開きのウナギを蒸さずに焼いたのが関西風である。
関東のウナギはフワフワであるし、関西のウナギは皮がパリパリで中はトロトロだ。
まるで淡水と海水が混じり合う汽水湖の浜名湖のように、ウナギ屋さんも東と西が混ざり合っていた。
「どうしよう?ここで迷うとは思わなかったわ」
結局、どちらも食べられるお店に入ることに。
「どっちも、美味しい!両方味わえるって、お得よね」
そうそう、迷ったら両方。
ミケコもタマコも、二人とも魅力的でどちらかなんて選べない。
まさに両手に花、両手にウナギなのだ。
浜松のウナギを心ゆくまで楽しんだ二人。
浜松城に戻り、夜は部屋でゆっくりと寛いだ。
翌朝。
浜松城の朝食会場に向かう二人。
「うーん、なんだか調子いい」
「ウナギを食べたおかげよね」
そんな二人を、さらに絶好調にする、最強の朝食が待っていた。
「何これ、浜納豆?」と、タマコが相方に聞けば、
「徳川家康が愛したと言われる、健康食品だわ」と、すぐさま歴史に詳しいミケコが答える。
浜納豆とは、古来より親しまれてきた、浜松の郷土料理。
納豆菌を使わずに発酵させた大豆を天日干ししたもの。
発酵の力とお日様の力を両方蓄えたスーパーフードだ。
普通の納豆と違って、糸を引かない。
調味料のように使う。
元祖健康オタク、家康が好んだことで知られていて、彼が天下人になれたのも、浜納豆のおかげなのだとか。
「浜納豆のお茶漬け!サラサラと、朝からいくらでも食べれちゃう!」
「私は、浜納豆の卵かけご飯だわ。元気モリモリね!」
栄養満点で体にいい浜松の旅を終えて、さらに東海道を西へ進んでいく二人であった。
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