第29話 見付

 みかんとメロンで大満足した二人は、太田川を過ぎ、見付みつけに入っていく。

「ねえ、ミケ。ここはなんで見付って言うんだったかしら?」

 と、タマコは歴史に詳しい相方に聞く。


「京都から下ってくると、ここで初めて富士山が見えたことから、そう呼ばれるようになったのよ」

 と、ミケコは知っている知識を披露した。


 だが、実際は、もっと西からでも富士山はバッチリ見えるから、この説は、あまり信憑性のあるものではないようだ。

 この見付という地名、一般には、ほとんど浸透していない。

 それよりも、サッカーJリーグのチーム、ジュビロ磐田でお馴染み、磐田という地名で認識されていることと思う。


 道は、JR磐田駅のほぼ真北、姫街道道標のところから左に折れて、まっすぐ南へ。

 駅の手前まで来て、右に曲がる。

 天竜川のそばまで来たら、少し上流に行ってから川を渡る。


「見付では、何をするんだっけ?サッカー?」と聞くミケコ。

「いやあね、もっとかわいいものがあるじゃない」とタマコは答えた。

 この辺りは、ゴン中山の伝説、ではなく、霊犬・悉平太郎しっぺいたろうの伝説がある。


 昔、見付天神の森に妖怪が住んでいた。

 毎年若い娘を人身御供として捧げていたのだが、あるとき、旅の僧が現れ、信濃の光前寺というお寺から、悉平太郎という霊犬を借りてきて退治した。

 その後は元の平和な宿場町に戻ったという。


 ちなみに、磐田市のマスコットキャラクターも、ゴン中山、ではなく、悉平太郎をモチーフにした、しっぺいという、犬のキャラクターである。

 ちなみに、ゴン中山は、ジュビロ磐田などで活躍したサッカー選手。

 近未来でも、伝説的なストライカーとして知られていた。


 でも、ここは悉平太郎の方。

 ある場所の前に、二人は到着した。

「ここよ、ここ。悉平太郎カフェ」

「もう、入る前からワクワクしちゃう」


 期待して中に入ると、そこには何匹もの悉平太郎が、尻尾を振って出迎えてくれた。

 と言っても、豆柴である。

「キャー、かわいいーっ!」

「悉平太郎が退治した妖怪の正体は、年老いたヒヒだったけど、悉平太郎の正体は、豆柴だったのね!」


 こんな可愛い犬が、妖怪退治などできぬだろうが、近未来のOLのハートはガッチリ掴んだ。

 クリックリのお目目と、手触り滑らかな毛皮。

 クルンクルンの尻尾を千切れんばかりに振って、濡れそぼった鼻を近づければ、お酒と可愛いものには目が無いミケタマの二人も、もうメロメロである。


「見て、タマ。この子、私のことが大好きなのよ」

「この子だって、もう私無しではいられないみたいだわ」

 頭のてっぺんから足の先まで、金色の毛でいっぱいにして、豆柴たちと触れ合う二人である。

 まさに幸せの絶頂、これ以上の幸福は無い。


 だが、そんな中、タマコは気になるものを目にした。

「あら、あの人は確か……?」

「何、どうしたの?」と、相方に聞くミケコ。

「ううん、気のせいだったかもしれない。知っている人がいたように見えたから」


 ミケコも、タマコが視線を向けている方を見た。

 しかし、それらしき人はいない。

 ただ、店の隅の暗がりがあるだけである。

「気のせいじゃないの?」

「そうね、気のせいだわ、きっと」

 と、自分を納得させようとしたタマコだったが、どうも釈然としないものが残った。


 なんか、小田原城や箱根でも、同じような視線を感じたような気が……。

 しかし、それ以上は何もなかったため、気のせいということにして、店を出た。

「あー、たっぷり癒されたわね」

「そろそろ、お腹が空いてきたわ」

 遅めの昼食を食べようと、お茶屋に入っていく二人であった。


 一方、二人が出て行った店の中では。

「ふう〜、危ない、危ない。もうちょっとで見破られるところだった」

 暗がりから、風魔忍者・日影ウスオが姿を現した。

 彼は人知れず、悉平太郎カフェに潜み、豆柴と戯れるミケタマを観察するという、至福の時間に浸っていたのだ。


「しかし、タマコさんは、僕の姿を知っているのか?」

 持ち前の影の薄さと、風魔忍法が合わさって、尋常でないレベルの存在感の無さを身につけているウスオである。

 ミケタマと同じ、弥次喜多グループの社員だが、同じ建物の中にいても、誰にも気づかれずに過ごしてきたと思っていたが……。


 まさか、ミケタマには、その存在を知られているのか?

「まあ、そんなはずはあるまい」

 と、こっそり店から姿を消した。

 だって、豆柴でさえ、一匹として彼の存在に勘付かなかったのだから。


 さて、ミケタマの二人は、見付の名物を堪能する。

 二人は、磐田に来たら食べたいものがあった。

 磐田名物・おもろカレーである。

 おもろとは、この辺りで昔から親しまれてきた、砂糖と醤油で甘辛く煮込んだ豚足のこと。


 その、おもろを使った名物カレーだ。

「カレーに豚足が入っているわ!」

「コラーゲンたっぷり、トロットロで美味しい!」

 ゆっくり見付を楽しんだ二人は、次の目的地へと進むのであった。

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