第2話 品川
ミケタマの二人は、JR品川駅の南側へ。
「ここは、元の品川宿の本陣があった辺りよ」と、歴史マニアのミケコ。
周りをキョロキョロ、スキーを流す。
本陣とは、かつて宿場の中で、参勤交代の大名や公家、幕府の役人などが泊まるための宿泊施設があったところ。
「都内なんて、いつでも見れるじゃないの」と、タマコはあまり関心がないのだが。
「見て、
問答河岸跡の碑とは、徳川家光がこの付近にある
「ダジャレもオヤジが言えばオヤジギャグだけど、偉い人が言うと史跡になるって、面白くない?」とミケコが言えば、
「あなた課長のダジャレに耐えられる?」と言い返すタマコである。
道はしばらく横浜まで、京浜急行電鉄の線路と並走するように通っている。
大井競馬場付近まで来ると、前方に大きな門が見えてきた。
何らかの施設があるようだ。
すると霊感の強いタマコがいきなり悲鳴を上げた。
「キャー!」
「どうしたのよ?」
「ひいい、ゾクッとしたあ!」
そこはかつて罪人を処刑した場所。
リーン、リーンと、鈴ヶ森の名の由来となった鈴の音が聞こえる。
「れ、霊聴だわっ」とおびえるタマコだが。
「弥次喜多グループの社員なのに、忘れちゃったの?鈴ヶ森のアトラクションじゃない」といたって冷静なミケコ。
鈴ヶ森刑場跡のこの区間は、ゲレンデに設けられたお化け屋敷のアトラクションなのだ。
旅人を飽きさせないように、こういったアトラクションが、各地に設けられている。
「入るの?他の道で行きましょうよ!」とタマコ。
「他で行ったら、東海道を通ったことにならないわ」とミケコ。
ここの区間は、否が応でもお化け屋敷の中を通っていかねばならないようにできていた。
尻込むタマコをよそに、ミケコは中に入っていく。
「こんなところで油売ってたら、日が暮れるまでに戸塚に着かないわよ」
「ちょっと、置いていかないでよ〜」と、仕方なくタマコも後をついて、お化け屋敷に入っていった。
その二人の後を、こっそりついていく、男が二人。
高級スキーウェアの割に、コソコソとした身のこなしは、もちろん、弥次喜多一茶と歌井鱒之助である。
「坊っちゃん、何もこんなにコソコソしなくても。次期当主の名が泣きますぞ」
「甘いな、爺よ。計画というものはだな、どんな些細なバグが起きても対応できるように慎重に進めねばならぬのだ」
なんてことを言いつつ、お化け屋敷の暗がりに消えていく。
だが、そんな二人の後をついていく、何やら影の薄いものがいるのだが、はてさて……?
お化け屋敷の中は、ほとんど真っ暗と言っていい。
そろそろとスキー板を滑らせていくミケタマの二人。
「キャー!」と驚くタマコ。
「な、何よ!?」と、ミケコはタマコの驚きっぷりに驚いた。
「い、井戸があるわ!?」
「井戸?」
暗闇にボーッと浮かび上がったのは、鈴ヶ森で処刑された罪人の首を洗ったという、首洗いの井戸だ。
「これは首洗い井戸よ。置いてあるだけよ」と、ミケコは井戸をパスして先に行こうとした。
そのとき。
「お若えの、お待ちなせ〜い」
と、二人を呼び止める声がする。
「ひいっ、お、お化けよ!」と、取り乱すタマコ。
「しっかりしてよ。歌舞伎の
歌舞伎の演目では、野盗を蹴散らした、美剣士白井権八を、長兵衛が呼び止めるというシーン。
「きっと権八役の俳優さんよ。綺麗なお顔を拝んで行きましょう」と、期待して振り向いたミケコであったが。
「きゃああーっ」と、叫んでしまった。
「な、何よっ」と、振り向いたタマコも、「きゃーっ」
そこにいたのは、恐ろしい化け物。
今まさに井戸から出てこようとする、首なしの男であった。
「こ、これも演出だわ!」と、言ったミケコであったが、さすがの彼女も声が震えている。
「き、綺麗なお顔が、どこにあるのよっ。きゃーっ」と、また叫ぶタマコ。
なんと井戸の中から、次から次へと首なし男たちが出て来たのだ!
「いっへへへへ、おれの首を取ったのは、お前たちか〜」
「おれの首を返せ〜」
「返せ〜」
あっという間に、首なし男の集団に囲まれてしまった二人。
「ひい〜、お助け〜」
「こ、こんな演出、あったかしら!?」と、二人抱き合って震える。
そう、こんな演出は普段はない。
実はこれは、一茶が仕組んだ罠なのだ。
首なし男の集団は、弥次喜多グループのスタッフだ。
ここで一茶が颯爽と現れて、歌舞伎の白井権八のように敵を倒し、二人をカッコよく救出する。
たちまち二人は一茶のとりこ。
そんな計画でいたのだが。
「お嬢さん方、今、私がお助けします!」
と、物陰から一茶が出ていこうとした……、のだが、何かにつまづいてしまった。
「おわっ、とっとっ!」
バランスを崩してよろけてしまう。
必死に体制を立て直そうとする一茶。
ところがここはゲレンデ。
お化け屋敷の中も、もちろん雪が積もっている。
スキー板を外していた一茶は、滑って転んでしまう。
ドワッと、首なし男の集団に突っ込んでしまった。
「おわーっ!」
「だああ!」
ゴロゴロと、団子状態になって転がっていく、一茶と首なし男たち。
そのまま奥の壁まで行って、ドーンとぶつかると、上からドサーと雪が落ちてきた。
一方、ミケタマの二人はどうしていたのか。
「きゃああああ!!」
「きゃあー!」
二人は一斉に悲鳴を上げた。
物陰から、誰かが出てきたように思う。
そんな気がした。
が、次の瞬間、何やら得体の知れない黒いものが、二人に襲いかかってきたのである!
と、そんな気がしたのである。
事実は違うかもしれないが、すべては暗がりのことだから、よくわからない。
「ぎゃあああー!」
「ぎゃあー!」
二人はスキーのエンジンを全開にして、一目散に出口へと向かっていった。
わけのわからないうちに、明るいところまで出た二人。
「あー、びっくりした。今のは何だったのかしら。新しい演出?」と、まだ動悸が治らないミケコ。
「お、お化けだわ!本物のお化けだった!」と、タマコは息も絶え絶えだ。
何はともあれ、互いの無事を確認した二人。
少し休憩して、次の川崎まで向かった。
「だ、大丈夫ですか、坊っちゃん!?」と、心配して一茶を覗き込む、歌井鱒之助である。
「な、なんで、首無し男の集団が、僕に突っ込んでくるのだ!?」
「いいえ、坊っちゃんが首無し男の集団に突っ込まれたのです」
「ええい、どちらでもいいわい!とにかく、残念だが、最初の計画は失敗に終わったようだ。だが、クックック、カッハッハッハッハ!」
急に笑い出す一茶である。
「坊っちゃん、お気が触れましたか!?」
「そうではない、爺よ。計画とは、頓挫がつきものだ。だが、優秀な策士とは、プランAがうまくいかなければ、プランBを用意しているものだ」
「と、言いますと?」
「次はこうはいかないぞ。待っていてください、ミケコさんにタマコさん!」
キラーンと、暗闇に一茶の両目は光ったのであった!
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