第10話 西園寺佐奈のひとりごと
西園寺佐奈は安達信二のことを熱狂的なほどまでに愛していた。
どうしてそうなってしまったのか、それは本人にもわからない。
ただ過去のあのときに、信二に優しくしてもらったから……
精神的に助けられてしまったから……
好きになってしまった。愛してしまった。愛しすぎてしまった。。。
そのような感情的なレベルでしか、『愛してしまった経緯』を説明することができない。
いままで、西園寺佐奈はどこまでも理性的な自分をとことん愛していた。
しかし、あるときから、この歪な『恋愛感情』というものを知ってしまい……
たいして自分も理性的ではなく、どこまでも動物的な人間であるということを実感していた。
気がついたら、その理性的な頭を用いて信二のことを考えてしまっている。
そして、あまり褒められた行為ではない、行動を起こしてしまっている。
どうして、それがやめられないのか。。
佐奈自身も答えが出せないでいる。。。
「しかしながら、信二さんがあのようなお人になってしまわれるとは……。恋愛というものは、やはりよくわからないものです」
佐奈は日常的に行っていた、信二に対する観察行為のなかで、信二が二人の女性と同時並行的に男女のお付き合いをしているということを、すでに把握していた。
もちろん、信二のいわば正妻的位置にいる茜との間に生じている潜在的不和にも気がついている。
すさまじい、信二に対する執着力を発揮している佐奈……
可憐で儚げな雰囲気を醸し出してる美少女であるというのに、やっていることはすでに犯罪者のそれと同じであることを考えると、外見で人の人格を決めつけるのはあまり有効ではないと理解できる。
「おそらく信二さんの、恋愛に対する考え方は、いま大きく揺れ動いている。教科書や辞書のうえでは定義されえない領域で揺れ動き一時的に自己定義され、そしてそれはまたすぐに不安定になり、信二さんのなかで揺れ動く。恋愛は一向に定まらない概念として信二さんのなかでその不確定性を発揮している」
佐奈は信二への告白のあと、一人で体育館近くの外廊下を歩いていた。
そこには誰もいない。
昼休みの体育館は、次の授業で使われないためか、誰も人がいなかった。もちろん、それは佐奈の予測の範囲内である。
いかに、自身の可憐で美しい容姿を最大限に誇張して信二に見せるか、太陽との位置関係や日陰とのコントラストの具合、時間帯や、今の信二の精神状態など……
使えるものは全て使った、計算されつくした告白を佐奈は意図的に行っていたのだった。
佐奈の理論的に計算された内容が正しいものであれば、告白はうまくいくはずだ。あくまで可能性の問題ではあるが。。。
ちなみに、佐奈は今まで確信的に行った行動で失敗したことは一度もなかった。確かな自信がそこにはある。。
「そのようなことを分析的に語る私も、実際に恋愛とはどのようなものか把握しきれていないのですが……。おそらく私では解決不可能でしょうね。かつての偉大な先人たち、哲学者などが人生をかけて考えてきた命題ともいえる『愛』という概念を含む恋愛について、高校生としての私が真っ当な答えなど出せるはずがないのですから」
佐奈はなおもひとりごとを続ける。
透き通った声があたりに響くが、それを聞き取るものは誰もいない。
そこには、どこか神聖な雰囲気が漂っているかのようにも思える。
佐奈は……、本当に本当に、不思議な雰囲気の女の子だ。
その細い足を、交互に繰り出して歩いている姿だけで絵になってしまう。
これは、生まれながらの才能なのだろうか。
それとも……
高校生という時期に生じる、一過性に過ぎない現象なのだろうか。。。
「それでも私は考え続けたい。私のこの暴走的なまでの『恋愛的感情』を積み重ねることで、帰納法的にその真理に近づいていきたい。たとえそれが虚構だったとしても構わない。今はただ……。この衝動に駆られるままに、快感を味わっていたい。快楽にただただ溺れていたい。ああああああああああぁぁぁぁ……。私はどうしてこんなになるまで、あなたのことを愛してしまったのでしょうか」
そろそろ、佐奈の歩くスペースに人が現れ始めた。
遠くのほうから、二人組の女子生徒が歩いてくる。
それを確認した佐奈は、きゅっと固く口を結んだ。
佐奈は変人でありながら、TPOはしっかりとわきまえている。世間体を気にして自分の評価を一定に保つことは簡単なことだった。
そして、佐奈はその女子生徒たちとすれ違った。
「ねぇねぇ、もういい感じなんだから告白したら。昨日のL●IEも結構続いたんでしょ。絶対脈アリだって」
「で、でもさ。自信ないよ」
「自信なんて、考えてちゃ前に進めないよ。そんなの後から身につけていくもんだよ」
「そんな正論言われてもさ……」
「はぁ……。女々しいなぁ。って女だから仕方ないかぁ」
「もー。そんな言葉遊びしてないで真面目に聞いてよぅ~」
佐奈が恋愛に悩んでいるように、彼女たちもまた、人並みに恋をしているようだった。
どうして人は恋をするのか。
これは佐奈だけの悩みではないことは、確かなはずだ。
「…………おかわいいこと」
西園寺佐奈のひとりごとは、その一言で幕を閉じた。
夏休みまで、あと数日という頃合い。
高校生という青春時代まっさかりの彼ら、彼女らのなかで、『恋愛』は激しく渦巻いているようだった。
【続く】
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