第8話 拡張する恋愛という概念 【信二視点】
僕はバイト先の香住さんをカラオケボックスに誘い込み、半ば計画的にそういう雰囲気にもっていこうと考えていた。
しかし、先にそういうエッチなことを切り出したのは香住さんだった。
『私って、チョロいのかな』
香住さんが、そう甘い吐息を交えながら呟いて、流れるようにキスをした瞬間。
僕の心臓は驚くほど大きく脈打ち、ただでさえ高かった心拍数を、さらに上昇させた。
茜とは異なる唇の形、柔らかさ……
茜とは全く異なる唾液の粘性、味……
茜とは全くもって異なる、舌の形や、その動き方……
香住さんのそれは、正直に言って、とても拙かった。
茜と付き合い初めてから、色んな場所で、いろんな気持ちでしてきた、何回ものキスと比べると、それは明らかに初々しかった。
『んんんっ……』
でも僕は、自分でも不思議なくらいに、香住さんの流れに呑まれていた。
恋愛経験的には明らかに僕のほうが先輩だ。
でも、そんなこと関係ないとでも言っているかのように……
香住さんからは、『好き』の感情が溢れていた。
何の打算も、何の計画性も、何の後ろめたさものない……
純粋な、ありのままの『好き』という気持ちがあるというのなら、まさにそれは香住さんの『好き』をいうのかもしれない。
僕は強くそう思った。
そして、僕はそう思いながら、ただただ香住さんの『好き』に身を任せるように、キスをした。
とても気持ちがよくて、ずっと香住さんとこうしていたいと思えるような、温かいキス。
そんなキスをずっと、ずっと。
しているなかで……
僕はすっかり、香住さんの虜になっている自分に気がついていた。
それは、カラオケボックスに連れ込む前から、ぼんやりと自覚はしていた。
初めは不純な動機から、香住さんにターゲットを絞って、まるで攻略対象かのように、恋愛をしていた。
恋愛は駆け引きが重要な、いわば現実空間におけるゲーム的存在であると、世間が言っているのを聞いたことはあった。
確かに、そのような側面も恋愛にはあるとは、思う。
ただ、それで恋愛を語り切ろうとするには、少々……
恋愛という概念は複雑すぎる
実際に僕は、その恋愛の複雑性にどっぷりとはまり、茜をNTRされ、その反動で浮気をして、その先の攻略的恋愛のなか、本気で相手のこと(香住)を好きになってきてしまっている。
もともとは俯瞰した立場で、香住さんとの関係を保とうと考えていたのにも関わらずに、僕はこうして香住さんと、本能で、とろけるようなキスを交わしてしまっている。
要するに、僕は徐々に香住さんのことを、攻略対象というゲーム的な概念では捉えきれなくなってきている。
香住さんのことを、恋愛的にとても大切な女性のうちの一人……
と考えてしまっている。
茜をNTRされて、恋愛というものが分からなくなってきた僕は、答え探しの旅に近い形で、香住さんを彼女にしようとしていた。
要するに、浮気のなかで恋愛というものを考えようとしていた。
しかし、僕はいま……
恋愛というものが、前よりもわからなくなってしまった。
さらに、恋愛という概念について理解できなくなってしまった。。。。
いや、理解できないというよりも……
恋愛という言葉について考える意味自体……
考えるという行為自体……
どうでもよく思えてきてしまったんだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「これから、よろしくね。信二くん……」
香住さんが、僕の右手をぎゅっと強く握りながら、そう言った。
その瞳は、夜の街のなかで、キラキラと輝いて見えた。
「うん、こちらこそよろしくお願いします。香住さん……」
僕は心なしか、高鳴っている胸の鼓動を押し殺しながら、冷静な声でそう言った。
二人目の彼女ができた瞬間だった。
ただ、告白の言葉らしきものは、まだお互い伝えることができていなかったので、一応言っておくことにする。
あの激しいキスがあっては無理もない。
「あ、そうだ。香住さん。僕と正式にお付き合いしてください」
「えっ……」
「なんか、今更って感じですけど」
これだけは、僕のほうから言っておきたかった。
茜のときも、自分から言っていることを考えると、僕は自分から言わないと気が済まない男らしい。
それにしても急な告白の言葉で、香住さんが顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせている。
かわいい。
シンプルにかわいい。
かわいいの全てが詰まっている。
「いっ……いぃまさらすぎるよ!!!それとあとタイミングがいい加減すぎるよ!!!」
「あはははははははは!!!!!!!!」
「な、なに笑ってるの!!!!告白は人生のなかでも一大イベントでしょ!!!そんな告白を流れるように、しかも会話のなかで急にするんだから……」
「嫌だった!?」
「べ、べ、べつに、信二からの告白が嫌だとか言ってるわけじゃないんだからね!!!!!!!」
夜の街に響く、香住のツンデレ節。
最近のアニメではなかなかお目に掛からなくなった、そのテンプレ化された人格を、凝りずに現実世界でも再現しているかのような、その彼女の徹底ぶり。
いやはや、さすがの香住さん。
「ツンデレ、ごっつぁんです!!!」
「もう!!!!!!!!」
夜の喧騒が僕たち二人を包み込む。
酔っ払いが道端に倒れていたり、客引きのかわいいお姉さんがたくさんいるような、そんな街。
僕たち二人は、そんな街でお互いに感情をぶつけ合いながら、新しい感情をお互いに知っていくことになるんだと思う。
………………
………………
今回、僕は香住さんを通して、一つの発見をした。
恋愛という概念には、たくさんの常識が含まれているということ。
恋愛とはこうあるべき。恋愛における行為は段階を踏んでいくべきである。未成年同士でエッチなことをするのはなんだか不純。女は男を立てるべき。先生と生徒の恋なんてありえない。恋愛は一対一で行うべき。その他もろもろ……
僕はそういった、今までの常識の総体としての恋愛の枠で、茜と付き合ってきていた。
しかし……
僕はもっと、もっと、恋愛という本来の意味が幅広く、魅力的で、複雑な概念であるということを知った。
つまらない、社会を健全に回していく思想が多分に含まれているだろう恋愛はもう、飽き飽きした。
恋愛とは、もっと、もっと……
そんな常識的な考えに無意識のうちに縛られることなく……
自分の『好き』に従い、健全に行っていくべきものだと……
僕は思うんだ。
「香住、改めて、よろしくね!」
僕は幸せな気持ちいっぱいで、香住にそう伝えた。
それに対して……
「……もう。信二ったら」
呆れた顔をつくりながらも、香住は幸せそうだ。
そうして、香住は僕の唇をまた、あのときのように唐突に奪った。
夜の街中でするキスの味。
それは、さっきのカラオケボックスで体に刻み込まれた、香住とのキス。
二人目の彼女との、キスだった。。。
【続く】
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