第7.5話 とろけるキス【香住視点】

 カラオケに連れ込まれるまえに、私は気付いていた。


 私の信二くんに対する気持ちがどういうものなのかについて。


 単なる親しい気持ちではない……


 どこか罪悪感のようなものを抱いてしまう……


 そんな感情。


 バイト先の喫茶店では無意識のうちに信二くんのことを目で追っていた。


 そのことで、私はときどき自己嫌悪に襲われていた。

 

 どうして大学生の私が、高校生の男の子のことを、こんなにも気になってしまうのかって……


 私は自分の男性経験の少なさからくる、自尊心の低さを実感した。年相応の恋愛経験のない自分自身に、ひどく劣等感を感じてしまっていた。


 だから、こうして私のなかで芽生えつつある感情に罪悪感が付きまとうのだと思う。


 自分にとって都合のいい子をなんて、最低なやつだねって……



★★★★★★★★★★★★★★


 

「今日はありがとね。とっても楽しくて……。初めての夜遊びだったけど、それが信二くんで本当によかった」


 気がつけば私は、信二くんにそう言っていた。


 だって、本当に楽しかったから。


 でも正直、最初のほうは怖かった。


 こんな真っ暗でキラキラ色んな光が点滅してる空間に、男の子と二人きりっていう状況は人生で初めてだったから。


 たぶん、お母さんとお父さんが、こんな状況に立ち会っていたら、わたし、速攻で引きずり出されてたと思う。


 でも、いまはそんな束縛要因なんてない。


 眼の前には私の……


 ひとがいる。


 信二くんがいる。


 そうやって再認識したら、どういうわけか私の心はスッと軽くなった。


 たぶん、こうして夜遊びをして、真っ暗ななかで、男の子と二人っきりになって……


 いろいろな非日常と触れ合うことができたから、私は身軽になったんだと思う。


 一気に肩の荷が降りたというか……


 こうやって、生きていってもいいんだって思えたというか……


 とにもかくにも、何もかもが新鮮だった。


 カラオケに行く途中の、ネオンで煌めく駅裏の歓楽街。


 すれ違う人たちの楽しそうな表情。


 路上に座りこんで、船を漕いでいる、酔っぱらいたち……


 私がテレビのなかでしかみたことのない、夜の街が、目の前にはあった。


 ………………


 いま考えると、私は人を恋愛的に好きなることに億劫になっていたのだと思う。


 お父さんやお母さんに、そのことがバレたらどうしようとか。


 今すぐ連れてきなさい、とか。好きな人のご両親のお仕事は、とか。


 いろいろと聞きたくないこと、されたくないこと……


 想像しちゃうから……


 …………


 私は本当に本当に今まで束縛され続けてきたんだって……


 今この瞬間、信二くんと見つめ合って、好きの感情が溢れてくるのを感じて……


 本当の意味で、もう二度と束縛されたくないって、思えたんだ。



「香住さんが、ツンデレじゃなくなってる……」

「……こんな私、嫌いかな」



 そこからはもう、本当に理性が吹っ飛んでしまった。


 今までの私じゃない、私がいた。


 信二くんのこと、もっともっと知りたいって感情が溢れてきて……


 どんどん、私は信二くんに近づいていった。 


 信二くんに、どう思われてるかなんて、そんなことどうでもよかった。


 ただただ、好きって気持ちを伝えたかった。


 信二くんと、触れ合いたいって心から思った。




「私って、チョロいのかな」




 そう言って、私は人生で初めてのキスをした。


 唇が触れ合った瞬間、心臓の音しか、聞こえなかった。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 気がついたときには、私は信二くんと触れ合うだけではなく、舌と舌を絡ませあっていた。


 ファーストキスから、数分の間に私はディープキスを体験してしまうという、なんとも性欲に遠慮のない女になっていた。


 でも、なにも後悔はなかった。


 だって、信二くんも私のことを求めてくれているってことがわかったから。


 いや……


 そんなこと、もうとっくの前に分かってた。


 バイト先の喫茶店で、私のほうにずっと視線を向けていることなんて、知ってた。


 私のこと、好きなんだろうなって、わかってた。


 でもね……


 その気持ちが、私に対する気持ちが、はっきりと私の体にぶつかって、快楽に変わる瞬間ってね……


 たぶん、人生で一番幸せなことなんだと思うの。。。



「はぁはぁ……んん」



 お互いを求めあって、時間なんて忘れて、馬鹿になって……


 こんなことで……


 こんなことだけで……


 人間って、とっても……


 幸せになれるんだね。。。



『ぷるるるるるるるるるるっ』



 室内に取り付けられた電話が鳴っている。


 

『ぷるるるるるるるるるるっ』



 でも、お互いに聞こえているはずなのに、動こうとしない。


 舌だけは、熱く情熱的に動いている。



『ぷるるるるるるるるるるっ』




 信二くんが私の腰や、背中に手を回し……


 私は、自分でも驚いているんだけど、信二くんの首の後ろに手を回し、後頭部をがっつりと掴みながら……



『ぷるるるるるるるるるるっ』



 二人で、二人の好きを……


 心ゆくまで確かめあった。。。



『ぷるるるるるるるるるるっ………』



 受話器はしばらくして鳴り止み……


 我に返った私たちは、急いで帰る準備をした。


 でも少しだけ規定時間をオーバーしていて、超過料金を支払うはめになったけど……



 私はとても満ち足りていた。


 

 夜の歓楽街のなか。



 外の空気は少し蒸し暑くて、喧騒がどこか心地よく聞こえて……



「これから、よろしくね。信二くん……」



 私はそう、はっきりとした声で、隣の彼に伝えたのだった。



__________________


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