私たちの青春bpmは次第に加速する♪
千人流石
第1話 校舎裏、始まる。
放課後、校舎裏。俺と女の子の二人だけ。
四月の中旬ということもあり、学校に植えられている桜の木は満開に咲き誇り、暖かな春の風と共に花びらが優しく舞っている。そして、その春風は桃色の花びらを乗せたまま目の前にいる彼女の髪を揺らしている。
その様子はまるで、春という演出家が春風という演奏者に暖かな音楽を奏させ、その音楽で桜という演者を優雅に踊らせ、彼女をこの作品の主役として際立たせているように見えた。
しかし、当の主役である彼女は面倒くさそうな呆れているような表情をしている。繰り返し同じ経験をし、嫌になったことを今日もまたさせられている、そんな表情だ。
事実、彼女はよく男子にこの場所に呼び出されている。学校に通う八割ほどの生徒が知っているくらい有名な話だ。
男子が気になる女子を校舎裏に呼ぶ。今どきの方法じゃないが、彼女の連絡先を知っている男子がゼロだと聞くから仕方のないことなんだろう。それに俺はこの方法の方が好きだ。趣があって美しい。
そして今日、めでたく俺は彼女の美しさに惹かれここに呼び出した男子に仲間入りとなる。
「で、私に何か用ですか。……まあ、察しはつきますけど」
彼女は揺れる髪を押さえようとせず、ただ面倒くさそうに訊いてくる。
「急にこんな所に呼び出して迷惑だったよな。別にここじゃなくてもよかったけど今すぐにでも俺の話を聞いて欲しくて校舎裏にした、悪い」
「悪いと思ってるなら早くその話を済ませてください。知らない人に私の時間を取られるのは嫌なので」
「そうだ。自己紹介がまだだったな。……じゃあ、俺は
「結構です。別に知らなくていいので」
「じゃあ、次は君の番で。……えっと、
「私、呼び出された側ですよね。なんで、わざわざ自己紹介しなくちゃいけないんですか。……あと、ネクタイが緑だから先輩ですよね。なら、中途半端にさん付けしないで下さい。はっきり言って気持ち悪いです」
「はは。そうだよな、普通呼び出した相手に自己紹介させないよな。悪い、こういうの初めてで……」
「はあ……」と彼女は大きなため息を吐く。
たったそれだけの声の響きで俺は彼女の魅力にさらに惹き込まれる。
今、俺の前に立っている女の子は数多くの男子生徒に呼び出されるだけあって、顔が相当整っていて俺の「恋人達」に負けず劣らずの美人だと思う。
まず目に飛び込んでくるのが深海のような青みがかった美しい黒色のボブカットで、この時点で既に多くの男が藤波琴夏という海に沈んでしまう。また、肌は透き通るくらい白く、完璧な比率を持った顔は他を圧倒する美で、特に彼女のジト目とツリ目の間のような目は魅惑的で気を抜くとつい吸い込まれそうになる。
「用がないなら帰ります」
「わ、分かった。はっきり伝える」
睨む彼女の綺麗な目は俺を強く緊張させる。しかし、同時に気持ちが浮かれているような高揚感があった。
こんな感覚はいつ振りだろうか。久しく感じていなかったものを思い出し俺は人生に対しただ漠然と期待をしていた。
一度身体の中にある不要な空気を吐き出し、新たに春の新鮮な空気を充満させる。
気持ちは決まった、覚悟も決まった。あとは進むだけ。今、目の前にいる彼女——藤波琴夏に俺の大きく膨らんだ思いをぶつけるだけ。
俺はすでに決めていた台詞を一度、頭の中でシュミュレーションし覚悟を決める。
「俺の専属のボーカルになってくれ!」
「……は? ふざけてます?」
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