39.決着
魔女が宙に浮いた状態で伸ばした爪が、アルトゥールの腹部とエヴァンダーの肺を貫いていく。
シュルッと爪が戻り抜かれた瞬間、二人からバッと血が噴き出した。
その場によろめいて倒れた騎士たちの手から、ガランと剣が離れていく。
「エヴァン様……アル、様……!」
もう二度と見たくないと思っていた光景が、また目の前に広がる。
ドサリと落ちた魔女は苦悶の表情を浮かべていた。そして体を再生しながら立ちあがろうとしている。
瞬間、アルトゥールが必死の形相で立ち上がり、魔女を後ろからはがいじめにした。
「アル様……?!」
アルトゥールは腹部の痛みを堪えているのか、顔を歪めながら魔女を押さえつける。
「っく、なにを……離しなさい……!」
「離してたまるか……っ!」
エヴァンダーはその姿を見て、剣を拾うとよろめきながら立ち上がる。
「いけ、イーヴァ!! 俺ごと魔女の心臓を突き刺せ!!」
ゾッと顔をこわばらせたのは、魔女だけではなくルナリーも同じだったことだろう。
しかしエヴァンダーはいつものように顔色ひとつ変えずに剣を構えた。
きっと、
ルナリーの瞳から、勝手に涙が滑り落ちる。
「やめなさ……っ」
リリスが言葉を終える前に、エヴァンダーの水平の突きが魔女の左胸に吸い込まれ──
「あぁぁぁああああああ!!」
「がはぁっ」
二人分の悲鳴が山に響く。
剣は魔女を貫き、アルトゥールをも貫いて、彼の背中から血みどろの剣が突き抜ける。
「あ……ああ……っ」
言葉が出てこなかった。
一緒に串刺しにされたアルトゥールの顔は、倒れる寸前にニッと笑っていて。
魔女と共にどうっと仰向けに倒れる。
そして剣から手が離れたエヴァンダーも──
「かふっ」
喀血と同時に膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。
「エヴァ……あ、ああ……っ」
急いで二人に駆け寄ろうとした時、魔女の体がピクリと動く。
ルナリーは目を疑った。
剣を心臓に刺したまま、魔女はぎこちない操り人形のように起き上がる。
「う……そ……」
「うぐぐぅ……よくも、私を……こんな……ごふっ」
アルトゥールとエヴァンダーが命を懸けたというのに、魔女は超再生でまだ生きながらえていた。
「こんな……もの……」
魔女はよろめきながら、胸に刺さった剣を抜こうと手を添えている。
抜かせてはダメだ。再生して、元に戻ってしまう。すべてが無駄に終わってしまう。
「させない……!!」
ルナリーは即座に炎の力を展開した。
掌から放出された赤い炎は、真っ直ぐに魔女へと向かっていく。
「きゃああああ!! 火……火がぁあ!!」
焼け焦げる肉の匂い。
のたうち回る魔女。
しかし超再生のせいで死に至らしめない。
「いやあああ、あああああああ!!」
こだまする魔女の絶叫。
魔女の討伐はルナリーの悲願だ。しかしこんな苦痛を与え続けたかったわけじゃない。
リリスはなおも
「今、楽に……して、あげる……」
ぜぇぜぇとルナリーも息を吐き出しながら、複数個ある下級の魔石を手に取った。
そして願う。赤いネックレスの出力解放を。
「っくぅ!!」
魔力が渦巻くように現れ、すぐさま力を変換する。
ごうごうと燃える青い炎に姿を変えた魔力を、ルナリーは魔女に向かって衝突させた。
「ぎゃああああああぁああああああああああああっっ!!!!」
魔女を燃やす赤い炎を、青い炎が飲み込んでいく。
リリスはその絶叫を最後に、黒い灰へと消えていった。
「はぁ、はぁ………はぁ……」
青い炎は消えている。魔女は、もうどこにもいない。
「や……った……」
その瞬間、胸のネックレスがパァンと砕け散った。
まるで、魔女と共に逝こうとするように。
キラキラ、キラキラと赤い空へと舞い上がっていく。
夕方の風はザァァと音を立てて、すべてを彼方へと追いやっていった。
「う、くふ……っ」
ルナリーは立っていられなくなり、ガクンと膝をつく。
魔女の討伐は完了した。
最後の炎で、またガクンと寿命を持っていかれたが。
残り、二日。命のリミットは、もうすぐそこ。
しかし、もういい。
アルトゥールとエヴァンダーは、もう……
「……ルー……」
「ル、ナ……さ……」
微かに声が聞こえて、ルナリーはハッと顔を上げる。
二人には、まだ微かに息がある!
「アル様……エヴァ、様……」
立ち上がることは叶わず、ルナリーは這うようにして二人のそばへと急ぐ。
今ならば、治癒でどうにかなるかもしれない。
気力でなんとか二人のそばに近寄ると、アルトゥールは口の端を上げた。
「よく……やった……ルー……」
エヴァンダーもまた、翡翠の瞳を細めてくれる。
「さす、が……です……」
「二人が、あそこまで追い詰めて、くれた、から……」
アルトゥールの傷は、心臓から少しずれていた。
魔女との身長差で助かったのだろう。
はぁ、はぁと息を上げながら、ルナリーはまずエヴァンダーの胸に手を置いた。
「治癒、を……」
エヴァンダーへの治癒で一日分、アルトゥールへの治癒でもう一日分、寿命を使ってしまうだろう。
その時点で、ルナリーの寿命は切れる。
どちらにしろ、残り二日の命だったのだ。
二人を助けて死ねるなら、こんなに誇らしいことはない。
魔女は討伐できているのだし、弔い合戦などする危険もなく、二人は残りの人生を幸せに歩んでいける。
一緒に歩めないことが、寂しくもあるが……
「エヴァン様……愛、してる……」
ルナリーはそう言いながら、掌に魔力を込めた。
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