20.禁書堂
カフェを出ると、ルナリーとエヴァンダーは禁書堂へとやってきた。
禁書堂は王立図書館とは違い、町中から離れた強固な建物で守られている。
守衛にイシリア国王が直々に書かれた王印付きの命令書を渡すと、難なく入れてもらえた。
ルナリーはエヴァンダーの後ろをてくてくとついていく。
奥には大きく重厚な黒い扉があり、ぎぃぃといかにもな音を立てて開かれた。古くさい本の香りが鼻孔を抜けていく。
「初めて入りましたが、すごいものですね……」
堂内は書物で埋め尽くされ、壁に沿って並ぶ本棚は天井まで届くほどの高さがある。
圧倒されるほどの本の数に、エヴァンダーはほぅっという感嘆の息を吐いていた。
「私は禁書堂なんてところがあったことさえ知らなかったわ」
「ここには一般人が目に触れてはいけない書物が収蔵されているのです。この国の犯罪者のファイルも含めて」
「犯罪者……」
「魔女の記述のあるものを片っ端から見ていきます。ルナリー様も、気になる記述があったらなんでも教えてください」
「わ、わかった……がんばるわ」
それからエヴァンダーは、食事を忘れるほどに没頭して、次から次へと本を読んでいった。
ルナリーが本を一冊読み終える間に、エヴァンダーはなんと二百冊以上も読んでいる。本人曰く、掻い摘んで必要なところだけ見ているから……だそうだが、真似できる気がしない。
結局自分は役に立ちそうにないと、ルナリーはタイトルか目次に魔女と書かれた本を探すことに専念した。見つけた本はエヴァンダーの前に置いておき、読み終えた本を元の所に戻しておく。そんな作業が続けられた。
夜にはそれぞれ自分の家に戻り、また朝から禁書堂で調べ物をするというサイクルだ。
禁書堂で二人っきり、集中して本を読んでいるエヴァンダーの横顔を盗み見る生活は悪くなかった。こんな時に不謹慎ではあったが、真剣な顔を見るたびニヤニヤしてしまったのは内緒である。
それも四日もすると、エヴァンダーは必要な情報を手に入れられたようだった。
なにも役に立てなくてごめんなさいと謝ると、「助かりましたよ」と柔らかな声で言ってもらえたので、心は満たされていた。
五日目は、魔女探しをしているアルトゥールと合流した。禁書堂を出た
「ダメだな、なかなか見つかりそうにねぇ。近隣の町や村も騎士に捜索させてるが、今んところ有力情報はねぇようだし……そっちはなにを調べてたんだ?」
「魔女に関して気になる点がいくつかあったので」
そう言ってエヴァンダーは説明を始めた。
禁書堂でわかったことは、魔女や魔術師の一般的な寿命は、普通の人と変わらないということ。
と言っても、魔術師たちも聖女の力と同じように、魔術を使えば命が削れる。力を使えばその分早死にするというわけだ。
そのため、過去に二百三十年も生きた例はないと、あらゆる文献を読み漁ったエヴァンダーは言った。
となると、そんなに生きたというのはリリスの嘘なのではないかと思わざるを得ないが、犯罪者記録にこんなものがあったという。
「二百三十年前、グリムシャドウの山奥で、当時十七歳の魔女と二十歳の魔術師が一緒に暮らしていたようです。名前は、リリスとカイロン」
「……私たちと戦った魔女?」
「おそらく」
グリムシャドウは、少しずつではあるが常に瘴気が自然発生している場所だ。濃くなりすぎないように毎年浄化はしに行くが、基本的に消えることはなく、そこに住む者は普通いない。
「魔女の罪名は?」
アルトゥールの疑問にエヴァンダーが答える。
「侵入罪と窃盗罪ですね。ふもとの畑の野菜が、食い荒らされたあとがあったのだと書かれていました」
「食い荒らされ……?」
普通、人であれば食べずに持ち帰るだろう。その場で生で食べるなんてことは、まずしないはずだ。
眉間を寄せたのは、ルナリーだけでなくアルトゥールも同じだった。
「それ、本当に魔女たちがやったのか?」
「違うでしょうね。適当な罪名をつけて、魔女たちを処分したかっただけでしょう」
「……そんなことがまかり通る時代だったとはな……」
アルトゥールは胸を痛めたように大きな息を吐いている。
「その後の記述には、〝討伐に行った炎の聖女がリリスの顔を焼いたが、カイロンに邪魔されて逃亡〟……とありました」
いつだったか魔女の言っていた〝あの人〟とは、カイロンという魔術師のことだったのだろうか。
「エヴァン様、そのカイロンは……?」
「拘束して連れ帰り、人体実験の末、死亡とあります」
「人体実験……炎の聖女が……?」
「そのようです」
自分と同じ炎の力を得意とする聖女が、罪のない魔女や魔術師にそんなことをしていたのかと思うと、胃からなにかが逆流しそうな気分になる。
「行われた人体実験なのですが……ルナリー様、大丈夫ですか」
エヴァンダーが気遣ってくれて、大丈夫と先を促した。一体、どんな人体実験をしていたのか……知らないといけない気がした。
「魔術師カイロンの血を、鉱物に変えたようなのです」
「……鉱物? 石とか……宝石にってこと?」
「はい」
「そんなことが、聖女の力で可能なの?」
「詳しい記述はありませんでしたが、聖女の力ではなく、魔石を使ったのだと思われます。魔術師カイロンは、己の血を媒介として魔力を無限に生み出す能力を持っていたそうです。つまりカイロンの血は、魔力の源になるということ」
力や術を生み出す際に魔力を必要とするのは、聖女も魔術師たちも同じだ。魔力を行使するためには寿命という対価が必要なところも。
神から与えられた聖なる力か、禁じられた知識や秘術を持って行使する力か。それだけの違いなのだ。
魔術の素養のある者とは、生まれながらに知識が植え付けられている者のことである。その知識の差も千差万別なのだが。
リリスは秘薬か秘術か、なんらかの知識か術でもって、あり得ないほどの時間を生きていると考えられた。それだけ魔女リリスの知識は生まれながらに飛び抜けていたのだろう。おそらくは、カイロンも。
そしてカイロンは己の血を魔力へと変換する秘術を持っていた。そのせいでカイロンは炎の聖女に目をつけられてしまったのだ。魔力の源にする
エヴァンダーは一拍置いてから、また淡々と話し始めた。
「魔力の源となるものを作るため、炎の聖女は魔術師の血をすべて抜き取ったのでしょう。凝血させたあと魔石で鉱物化し、半永久的なものにする……聖女の魔力を増幅させる鉱物の出来上がりです」
あまりの残酷な実験にゾッとする。
普通はそんなことを思いついてもやらないはずだ。まともな人間であれば。
考えるだけで恐ろしい……どれだけ強欲な聖女だったのだろうか。
「その聖女はもう……この世にはいないわよね……?」
「ええ。炎の聖女は、
「……え?」
バクンと心臓が鳴った。
まさかと思うと、頭がぐるぐると掻き混ぜられるようだった。
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