第11話 青空に飛ぶブーメラン!?

―――6月。


ジメジメした梅雨の時期に入り、止まない雨は今日で3日降り続いている。

憂鬱な日々は今に始まったことではないが僕は頬に手の平を押し当てて、

今日も窓際の一番後ろの席で窓に反射する水飛沫を呆然と眺めていた。

水飛沫は強くもなく弱くもなく、一定の音を立てては垂れ流れている。

こんな日には何もしたくなくなる。僕は顔を机に押し当て、糸を引く

ように流れる雨水に視線を向け、やがて透明になり滴っていく水沫の

行方を追いかけていた。

「はい、今日は中間テストをします。前の人は答案用紙を後ろの人に

回してあげて下さいね」

教壇に立つ里子が席の分だけ最前列に答案用紙を配る。

「はーい」

返事をする子もいれば、答案用紙が手元に回ってくれば無言で後ろに回す子もいる。


え!? もうそんな時期か……。


僕は気が進まなかったが、取り合えず体制を整える。

前から答案用紙が配られ、僕は渋々、答案用紙に視線の向きを変える。

「中学の復習だから、簡単だと思うわ」

里子先生はそう言うが、ここに居る奴らは最低レベルのEランク、

しかも平均30点ギリギリのバカの集まりだ。この僕を除いてはね。


僕は答案用紙の問題を簡単に解いていく。

なんだ、この問題は? 小学生レベルじゃないか……。

『めちゃくちゃ、優しい問題ばっか…。里子先生も相当バカなのか…。

さっさと終わらせて寝るか…』

ボソッと呟いてみるが、周りの反応はナシ。期待通りのリアクション。

僕は答案用紙の上でシャープペンをスラスラと走らせ、ほんの10分程度で

全ての問題を解く。周りの奴らはまだ必死になって問題を解いているようだ。

僕は机に顔をうつ伏せて、ひと眠りする。

さすがの僕も睡魔には勝てないらしい……。

存在感がない僕が授業中、寝ていても先生は勿論のこと、誰も気づいていないから

大丈夫だ。なぜなら、寝ているのは僕だけではないからだ。

特に勉強ができない落ちこぼれが集結するこの学校では真面目な子よりも不真面目、校則違反、授業放棄は日常茶飯事で目立たない僕が授業中に寝ていても違和感なく

周りに溶け込んでいるように見える。だから、僕の存在感は高校生になって増々、

薄くなっている。



無事に終了した中間テストは約束された結果通り5教科全て100点満点、

総合計500点で堂々 学年1位だった。

だけど、高校にもなると掲示板に上位30名が貼り出されることはない。

そもそも木田山高校は1学年1クラスしかない。しかも1クラス25人程度の少人数だ。

訳あり商品と同じ価値ほどしかない。本当にバカらしい話だ。

適当に楽して、それなりに要領よく賢く生活した方がいいみたいだ。

だけど僕はその適当とか適度などといった細かい量がわからず苦戦しているのも

確かだった。まあ、とにかく僕は要領が悪いということだ。



5日降り続いた雨は6日後には嘘のように太陽がサンサンと照り出していた。

眩しい陽射ひざしを浴びて僕は土手から下りたいつもの河川敷に寝転がり

青空を眺めていた。風もなく穏やかな日常に僕は目を細め急に眠気を感じた。

その時だった―――、

背後から何かが飛んできて、雲一つない青空を舞った後、それは急落下していった。

な、なんだ?

僕は体を起こし、川岸に落ちた物体が何か気になって足を進めて行った。

『!?』

僕は短く伸びた雑草からそれを手に取る。

ブーメラン?

「すみませーん」

背後から声がする。

振り返ると、小学生くらいの小さな女の子と父親がこっちに視線を向けていた。

「もう、お父さんが変なととこ飛ばすから」

「ごめんごめん」

父親は少女に愛想笑いを浮かべた後、再び、こっちに視線を向ける。

「すみません、投げてもらえますか」

「え、ああ、はい…」

僕は力一杯ブーメランを投げ放つ。

ブーメランは勢いよく飛んでいって少女の手の中に入っていった。

「!?」

「お兄ちゃん、ありがとう(笑)」

少女は笑顔で言うと、父親に手を引かれて帰って行った。


ブーメラン!?


何だか懐かしい光景が頭をよぎる。

僕が投げたブーメランはまっすぐ飛んで女の子の手の中に……

僕はブーメランを飛ばしたことがあったのだろうか……


あの親子は僕の存在に気づいていたーーー。

ありがとう…なんてお礼、言われたのは初めてだった……

……でも、悪い気はしない……


晴れない霧が僕の頭を曇らせ失くした記憶を取り戻そうとすれば

頭がズキズキと痛む。霧の中にはいつも少女が立っている。

彼女は誰だろう…。白く煙った霧は彼女の顔を隠し、彷徨さまよう僕を

あざ笑い楽しんでいるみたいだ……。


だけど、僕は霧の中にいる彼女をどうしても救ってあげたかったんだーーー。



僕はもどかしいほどに、彼女の名前を思い出せないでいた―――――。



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