第5話 何が不審だ
「――うちの稼働ロイドをみんな外出させるか、落とすか、どちらかにさせて一時間。今年になって三度目だが」
「前にはつまんない言い訳してたよね。エミーの設計のために集中したいからとか何とか」
「それならいつもの通り、自分の部屋に籠もってりゃいいだけだからな。俺たちを追い出す理由にはならない。だいたいそんな用事は一時間じゃ済まないだろ」
鼻を鳴らして、アカシは指摘した。
「どう思う? ライオット」
「アカシは?」
「同じことを考えているんじゃないかと、思うが」
「そりゃねー、父親、一緒だし。基本的な思考回路は、近いよねー」
「ぞっとせんが」
「何だよ、それ」
「俺たちを追い出して、マスターは何をしているか」
「――客、だろうね、たぶん」
ライオットは呟く。
「俺たちに見せたくない、客」
「或いは俺たち『を』」
アカシがあとを引き取った。
それから
「……で?」
「ない」
「え?」
「『心当たりはあるか』とでも言いたいんだろう。だから『ない』だ」
「女……とか、思わない?」
「隠す必要、ないだろう、別に」
「もしかしたら、反ロイド団体の女とか」
「そんなん、店に呼ぶか?」
「呼ばないか」
「呼ばないさ」
「そうだよねえ。マスターがこっそり出かけるって言うんじゃないもんね。俺たちが出されるんだから」
「きっかり」
「ん?」
「きっかり一時間で戻るか、ライオット」
「んー? そういうの、機械っぽくて好きじゃないなあ、俺」
機械は選り好みをした。
「じゃあ五十八分でもいい」
「そりゃ俺も、アカシとの公園デートが終わるんなら一分でも早い方がいいけど。……痛いってば!」
「馬鹿なことを言うからだと」
「あ? 終わらせたくない訳?……もしかしてアカシ、俺のこと」
「もっかい殴られたいかっ」
「最近、暴力的だよ、アカシちゃん。ウィルスでももらったんじゃない。見てあげようか」
「いまどき、ウィルスなんて食らうか」
鼻を鳴らしてアカシは、それに、と続けた。
「ついこの前、マスターのメンテにかかったばかりだ。素人、かつ端末クラッシャーのお前に乱されたくないね」
「ああ、それだ」
ぽん、とライオットは手を叩いた。
「変だなーと思ってたの。あれだよ、ミスタ・ギャラガー」
「何だって?」
「話に聞いてるだけだけど、ずいぶん手の早い人みたいじゃん? すぐ殴ろうとする的な意味で。で、マスターはその人を気に入ったみたいだってトールが」
「……マスターが俺の、暴力的な要素を強めたとでも?」
「有り得るでしょ」
「阿呆か」
アカシは唇を歪めた。
「マスターはそんなこと……」
そこで彼は言葉を切った。
「するでしょ」
さらりとライオット。
「知ってるでしょ。『グレン』のことも『キース』のことも『ホワイト』のことも」
「お前……知ってんのか」
「知ってるよ。自分ばっか知ってると思ってた? みんな知ってる。知らないのは」
ライオットは肩をすくめた。
「トールだけだね、たぶん」
「マスターはほんと、あいつを可愛がってるよなあ」
感心したように、アカシは首を振った。
「彼は『トール』だもの。『アカシ』でも『ライオット』でもない。別格だよ」
ふふっ、とライオットは笑った。
「ちょっと、妬けちゃうね」
「阿呆。妬くか」
「正直に、アカシ」
「ないと言ったらない」
きっぱりとアカシは否定した。
「お前には、それじゃ妬みを覚えるためのプラグインでもあるんだろうさ。お前のメンテはマスターがやるからな、俺は知らん。そして、そんなもんは、俺にはない。それだけだ」
「妬み、って言うと強すぎる感じだなあ。もうちょっとソフトな言い方、ない?」
「どう言おうと同じだろ」
「はいはい。やきもちも嫉妬もジェラシーもみんなおんなじ意味です」
手を上げてライオットは認めた。
「そうだなあ、ちょっとだけ妬むね、トールのこと。でも俺、大好きだよあいつのこと」
「その『好き』だって、設定だ」
「まあ、そうなんだけどね。もうちょっと素直になれば」
「素直も何もない。俺もトールは好きだし、それでいいと思ってる。ちなみにお前のことは嫌いだが」
「あー、そこだけ気が合うよね」
うんうんとライオットはうなずいた。
「従業員同士、仲悪くさせてどうするつもりなんだろね、あの人も」
「トールと俺たちは、同じようで違う」
「俺もあんたが嫌いだよ」という意味合いの返事をきれいに無視して、アカシは続けた。
「マスターがトールに求めるのは『トールであること』。俺らは技術、向上、躍進が求められてる。だから俺らはヴァージョンアップされて、トールはされない。それだけのことなのに、あいつはそのことにコンプレックスを抱き、お前はあいつを妬む」
「だから、その言い方は強いって。その言葉を使うなら、俺がやったみたいに、軽く言ってよ」
「これは、あれだな」
アカシはライオットの要請を無視して、口の端を上げた。
「ないものねだり」
その言葉にライオットは数秒黙って、それから、ぷっと笑った。
「何だよ」
「だって。おかしいの、アカシってば」
「何がおかしいんだよ」
「ないものねだりだって。俺らが。トールも。みんな」
くすくすとライオットは笑い続け、アカシは苦い顔をした。
「好きに笑ってろよ」
「そうする」
答えながらライオットは身を震わせていた。
「とにかく、『一時間くらい』の範囲内で可能な限り早めに帰ろう」
アカシは話を戻した。
「もしかしたら、誰かが帰るところに間に合うかもしれない」
「ええ? やめときなよー」
ライオットは顔をしかめた。
「マスターが一時間って言ったんだから、たぶんその客は三十分から四十分で帰ってるよ。二十分かも。とにかくもう帰ってる」
「それならそれでかまわんよ」
「そんなこと考えてたってマスターに知れたらどうすんの? 俺まで一緒にお小言、やだよ」
「何が知れるって言うんだ。一時間ほど散歩でもしてこいと言われて五十八分で戻ることの何が不審だ」
「不審じゃないよ、ちっともね。ただ、俺は思う訳」
彼はライト・ブラウンの髪をかき上げた。
「
言って彼は「兄」を見た。
「と、思わない?」
「……思う」
アカシは息を吐いた。
「彼の秘密をのぞく者にとこしえの呪いあれ」
「何それ」
「いや。どっちかっつーと、そういう警告を発するべきなのは俺たちだよなあ、と」
「はあ? 何言ってんの。アトラクションか何かじゃあるまいし。だいたい俺ら、警備は仕事じゃないんですけど」
「改めて、酔狂な人だと思うんだよ。俺たちに好奇心なんて不要だろうに」
「えー? 要るよ、要る要る。なかったらつまんないじゃん」
「『なかったらつまんない』というプログラムにしなきゃいい。世間の親戚の大半はそうだろ」
「大半と自分を比べるの、アカシ」
ふふん、とライオットは鼻で笑った。
「大半と俺らは決定的に違うのに?」
「ん」
いつもなら、こんな嘲笑うような口調を使われたら、アカシは黙っていない。だがいまはいつもと違う。トールもいなければ、気になることもある。
「俺はもう戻る」
「えー? 空気、読まない気?」
「読めません」
言ってアカシは立ち上がると、すたすたと公園をあとにした。腰をひねって後ろを向きつつそれを見送ったライオットは、ベンチの背もたれに両手をかけると姿勢悪くそこにあごを乗せ、知らないよ、と呟いた。
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