クレイフィザ・スタイル ―ある日―

一枝 唯

第1話 散歩でもしておいで

 本日晴天。


 天候カレンダーによれば、一日中、雨どころか雲もない。


 それは爽やかな秋の一日。


 毎年同じように下がっていく気温に、それでも季節を感じる。


 だがこれも、プログラムだろうか?


 工房〈クレイフィザ〉の少年――の形をした――従業員トールは、いまどきたいていの人間がやらない行動をしていた。


 「散歩」というのがそれである。


 目的のないそぞろ歩き。非生産的だ。


 だが彼は何も「たまにはこういうのもいいものだ」とか「最近、ストレスが溜まっているから気分転換をしよう」などと思った訳ではない。彼はそんなことを思わない。彼がこうしてぶらぶら歩いているのは、彼の「マスター」に命じられたからだ。


 厳密なことを言うとすれば、目的は存在する。


 一時間ほど〈クレイフィザ〉を離れ、また戻ることだ。


 「一時間くらい散歩でもしておいで」。


 彼はその指示に従っているのである。


 雨の日でなくてよかった、と彼は「考えた」。


 彼には防水加工くらい施されているが、ずぶ濡れになれば気分はよくない。


 トール少年は〈クレイフィザ〉を出てからきっかり三十分後、くるりと踵を返した。同じ道を同じ歩調で戻れば、指示の完了だ。


 ちょうどそのときである。


 つい先ほどまで彼の前方、いまは後方となった方角から、一台の車がゆっくりとトールを追い抜いていった。


 黒塗りの、ぴかぴかの車だ。


 トールはデータベースを探る。つい半月前に発売されたばかりの、ハルトの新車だと判った。見るからに高級車だが実際に高価で、庶民には手が出ない代物。


 見るともなしにトールがそれを見ていれば、車はスピードを緩め、彼の少し先でぴたりととまった。


 ここは駐車場ではないし、高級車の持ち主が寄りたいと思いそうな立派な店もない。もとより、金持ちは街をふらふらして「買い物」などしないと聞く。高速通信で済ませてしまうというのは庶民にも普通だが、現物を見たかったり手に取ったりしたくて、人々は買い物に行く。だが彼らは、現物をすぐに持ってこさせてしまうのだとか。


 何だろうかとトールは「考えた」が、答えは出なかった。データが少なすぎる。


 かと言って、データを収集して答えを出す必要はない。少年はそのまま、車の横を通り過ぎようとした。


 すると、高級車の窓の曇りガラスがゆっくりと開いた。


「ああ、やっぱりトール君か」


 聞き覚えのある声に、彼は目をぱちぱちとさせた。


「――ギャラガーさん!」


 少年ロイドは驚いた声を出した。


 それは工房〈カットオフ〉の主にして、知る人ぞ知るリンツェロイドの設計者カルヴィン・ギャラガーであった。

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