神様見習い、異世界を旅する
にしくらすなこ
第1話こんにちは、私が神様です
あたしの名前は早坂 乙音
社会人2年目にして身も心も満身創痍
会社はとてもホワイトだし
厄介な同僚や上司がいるわけじゃない
社会人としては恵まれてる環境だとは思うのだけど、あたし自身が労働に向いてなさすぎた
「ああ、どこかにのんびりと旅行に行きたい…1ヶ月くらい。土日休みだけじゃ近場にしか行けないし…」
世の社会人の皆様に怒られそうなことを考えていたら『それ』は突然起こった
「空にヒビ?…空が…割れる…?」
周りを見ても誰も騒いでない…いや、そもそもあたし以外動いてない?
慌てて空の割れ目に視線を戻すと
そこには巨大な目があった
ソレが何なのかわからない
しかもその目はあたしをジッと見ている
こういう不思議トラブルは随分と久しぶりだけど、生憎あたしは無力だ
抗う力も術も、この状況を切り抜ける手段も持ち合わせていない
助けを呼ぶにしても周りの人たちは止まってるからどうにもならない
こうなればあたしのやることはたったひとつ
「逃げるんだよォォォーーーー!!!!」
声に出すことで動揺と身体の竦みを打ち消し自分自身に明確な指示を出す
「どけー!野次馬ども!って動いてないけどさあ!!」
焦るな、恐怖に飲まれるな
声を出して無理矢理にでも身体を動かせ、周りをよく見て……
「とにかく身を隠す場所を…」
息を切らしながら細い路地に駆け込んだ先で見たものは──空間の亀裂
そう、空にあるのと同様の亀裂だった
そこから覗く目が動いたと思ったら
黒い影が飛び出して来た
一瞬、目に映ったのは巨大な『犬の顔』
なす術なくあたしは『それ』に喰われた
どうしようもなく絶体絶命の絶望的な状況なのに「やっぱ犬は時間停止の影響受けないのか」なんてことを最期に考えてしまうのが本当にとてもあたしらしい
そこであたしの意識は途切れた
………
……………
…………………
それからどれくらい経ったのかわからないけど、生きてることはわかる
疲労から来る悪い夢だったらいいのにと思うけど、目の前の巨大な犬の存在とヨダレまみれのあたしの身体が否応なく現実だと突きつけてくる
巨大な犬がが再び私に鼻先を近づけてきた時、遠くから声が聞こえてきた
「まぁぁぁぁくぅぅぅぅんんんん!!!!なんてことしたのぉぉぉぉおぉぉお!!」
さらに大きい人が私めがけて走ってきた
なにこれ、怖すぎて失禁しそう
「ごめんなさいね、うちの子があなたにとんでもないことしちゃって」
そう言ってさらに大きな人が私に謝ってきた
うちの子?つまり飼い主?
というか大きすぎない?ここどこ?
混乱して言葉にならないあたしを見て、さらに大きい人は何かに気づいたような素振りを見せる
「とりあえずあなたにサイズ合わせるわね。これなら話しやすいでしょう?ほら、まーくんもミニミニしようねー」
え?縮むの?サイズ縮めることできるの?
「え、えーと…どちら様で?」
混乱してる頭の中をどうにか整理して言葉を絞り出す
「ああ、自己紹介が遅れたわね。私はイルフェン。あなたがいた世界とは別の世界の神様です。この子は癒し担当パートナーのマースティオグ、まーくんです。ヨロシクー」
なんか今、とんでもないことが聞こえたんだけど…?
「神…様?別の…世界?ここは一体……」
ツッコミどころが多すぎてどうしたものかと考えていると神様…イルフェンがあたしの置かれた状況を説明してくれた
彼女の言うところによると
あたしの居た世界にも神様が居て、イルフェンとはよくお話する仲だそう
そして今日も2人で話していたのだけど少し離れた隙に彼女のペットのまーくんとやらがあたしをここに連れてきたという
「本当に申し訳ない!まさかまーくん…じゃなくてマースティオグが他世界への物理介入干渉が出来るなんて完全に想定外だった。それにしてもまーくんはすごい子でちゅねー!……じゃなかった、本当に申し訳ない!!」
神様のはずなのにめちゃくちゃ土下座してる
というか異世界の神様も土下座知ってるのね
つまるところ、異世界転移ってことね
オーケー、オーケー
「それで…私は元の世界に帰れるんですか?」
初対面の相手なので言葉は丁寧に、テンプレとも言える質問を切り出す
自称神様のは土下座状態のまま「それは…その、あのう……」と申し訳なさそうに口ごもっている
あっ、これ帰れないヤツだ
イルフェンが言うにはこうだ
他の神様の管理下にある別次元や別世界への転移というものは基本、対象の人や生き物が住む世界の神様が行うものだそうで、互いの世界の神様同士の合意が必要なのだという
例外としてたまたま出来ていた空間亀裂に迷い込んだり落ちたりして異世界に来る人も居るとか(この場合はほとんどが亡くなってるそう)
それが正規の転移であり、今回のようなパターンは起きてはならない事案だそうで
イルフェンはさっきから事あるごとに土下座を繰り返している
神様なのに威厳がないなあ…
でもそこが逆に好感持てるけど
「帰れないのは驚きましたけど、どうにもならないなら仕方ないので…」
外面モードのあたしがそう言うとイルフェンは勢いよく顔を上げて
「許して…くれるの?こんな目に遭ったのに?優しい…あなたが神か…」
神はあなたでしょ?
「帰れないのは仕方ないけど、家族のこととか住んでた部屋のことは気になるかな…」
あたしがぼそりと呟くとイルフェンが勢いよく立ち上がって端末のようなものを浮かび上がらせた
わあ、なんか未来的な映画とかで見たヤツだ
あたしにも扱えるならちょっと欲しいなー
「もしもし、あおちゃん?実はさ……あっハイ、うん、はい…ホントすみません対応よろしくお願いします…はい……」
イルフェンめっちゃ縮こまってる
というか今のあの感じすっごい既視感ある
神様らしい威厳とか神秘性とか霧散しちゃってない?大丈夫?
「今のは…?」
「あおちゃ…あなたの世界の神様に事情を話して、あなたの居た事実を世界から消してもらうの。嫌なら止めることもできるけど、どうする?」
イルフェンの問いかけに対する私の答えは決まっていた
「帰れないのだから仕方ないです。消してもらえますか」
そう、帰れないなら仕方ない
父さんも母さんもクセの強い友人たちもあたしのこと忘れちゃうのは寂しくないと言えば嘘になるけど、ずっとあたしを探し続けて憔悴していく未来はまっぴらごめんなのよ
まあ、未練といえばあたしの大好きな美味しいものがもう食べられないのは少し…いや、かなり残念だけども
「わかった、あなたの世界の神様にそう伝えておくわね。ところであなたのお名前も聞いていいかしら?これからのことのためにもね」
あ、そういや自己紹介してなかった
「早坂 乙音です。よろしくお願いします、イルフェンさん」
「あらためてよろしくね、オトネ。イルフェンでいいわよ。ところでひとつ提案があるのだけど…」
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